現代社会で武術を学ぶ意味

私は小学3年生の頃より、武道・武術、具体的には剣道と柔道と少林寺拳法と太極拳を学び続けて、おおかた40年になります。

しかし、長い修業生活の間でも、パンチやキックを実用に使ったことはなくて、稽古以外での、実戦といいますか、どつきあいの喧嘩をしたことはありません。(幼少時は除く)

乱闘場面に遭遇して、鼻血を出してひっくり返っている人の血止めをしたとか、救急車や警察を呼んだことなら何度かありますが、自分が血を出したり、人に血を出させたことはないのです。

なかには日々喧嘩三昧という人もいるでしょうけど、ほとんどの人は、武道を習っているからといって、道場の外で技を試すようなことは少ないと思います。

警察官・自衛官・警備会社に勤務しているような人であっても、訓練ばかりで本番は未経験という人は多いでしょう。

私も現金輸送の警備員をした経験がありますが、警棒を持って銀行の前で警戒していただけでした。実際に強盗にあったことはなかったです。

プロの格闘家としてリングに立つ人は、血を流したり骨を折ったりして痛い目にあいますが、それは試合、すなわち試し合いであって、ルールの中で勝敗を争うというものです。ホントの喧嘩じゃないですね。

治安の悪い海外のスラム街ならいざしらず、現代の日本社会で、健康や楽しみのために他のスポーツじゃなく、あえて武道・武術・格闘技を学ぶ意義はあるんでしょうか?

武術修行を車の運転にたとえてみます

唐突ですが、武術修行を自動車の運転にたとえてみれば、ちょっと答えが出てくるかな、と思ったのです。私、車の運転も好きなもんで。

きょうびは若者の車離れとか言われておりますが、私が社会人になったころは、友人たちも皆、ほとんど義務教育みたいに、免許を取りに行ってました。

ただ、免許を取っても、どんなドライバーになるかは、さまざまです。

全然車に乗らないペーパードライバー、日曜日のドライブ程度に乗るサンデードライバー、通勤や営業で運転する人、貨物輸送や旅客輸送で業務として乗るプロドライバー、速さを競うプロレーサーなど、いろいろあります。

ペーパードライバーは、武術で言えば、習ったことがあるという程度。

サンデードライバーは、趣味で楽しんでいるだけ、というふうに置き換えられるでしょう。

レーサーは、試合に出たり、リングに上るプロ格闘家ですね。

私は中古車販売や、タクシードライバーを長年やってきまして、20年以上、業務として運転しておりました。れっきとした、プロドライバーです。

しかし、おなじプロでも、レーサーとは違ってまして、人と競うことはないのですね。輸送の仕事は、速く走ってタイムを競うのではなく、安全・確実に人や荷物をお届けすることがミッションです。

プロ格闘家がプロレーサーのようなものだとしたら、私は職業ドライバーの心がけで武術修業に励みたいのだな、と気づきました。

プロドライバーの心掛け

職業ドライバーは一秒を争って、早く走るテクニックを練習するわけではないです。

しかし、駐車場にきっちり止めたり、細い曲がり道をバックで進んでいったり、周りの変な動きをするクルマを避けて走ったりする技術は、日々の業務の中で磨かれていきます。

一般路上での急発進急ブレーキはご法度ですが、そういったエマージェンシーの練習はしておりました。私は、スピンしたときの対応や、タイヤ交換の練習もしておりましたね。

運転中の姿勢も、テキトーに座っていると、長時間の運転で腰を痛めますので、座り方に気を使うようになります。

武道の達人は立ち姿、歩き方も、普通の人とは違うものですが、上手なドライバーが運転すると、クルマの、なにげなく走って止まる動きも洗練されております。

そして、職業ドライバーは、事故を起こした場合のバックアップ体制も整えております。

私のやってた会社には、ブースターケーブルやら牽引ロープやら、緊急時の道具を常備してましたし、私自身はマイカーにも積んでおりました。発火筒も2本積んでましたね。

これらは、万一のためですけど、備えているとなぜか事故現場や故障現場に遭遇する機会は多く、ちょいちょい出番がありました。お役に立ててよかったです。

私個人的には、眼鏡の予備も常備してました。いちど壊れて難儀したことがあったからです。

保険にはもちろん入っていたし、車が故障したときの駆け込み修理屋さんも、日頃より複数お付き合いしてました。

ここまで準備していても、対応しきれないことがあるかもしれませんが、人事を尽くして天命を待つというものです。

武道家とは

武道や格闘技というのも、そういう心構えが大事ではないかなと思います。

なにも突然襲ってくるドロボーに反撃するためだけに日々訓練しているのではなく、電車を待っているときはホームの縁に立たないとか、目つきの怪しそうな奴には近づかないとか、子供が道に飛び出しそうになったら、さっと捕まえるとか、常に身辺に注意して、対処できる準備をしておこうというふうに考えております。

もちろん、健康維持に役立つとか、上達に喜びを見出すとか、根性がつくというメリットもあります。日本武道協議会は武道の定義を「人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う」と制定しておりますが、それは他のスポーツでも可能なことです。

武道で養われるのは、スポーツマンシップじゃありません。どちらかというとシーマンシップ、なにがあろうと自力で生き延びるという海の男に近いものがあると思います。

試合に出て金メダルを目指している人じゃない、一般の民間人が、武術を学ぶ意義は、まさにそこのところにあるんじゃないでしょうか。

競い合いの中でトップを目指すような修行は、願いが叶わない可能性のほうが高いです。

それより、危機(突発的なのも慢性的なのも)を回避して、自分や大切な人を守り、楽しく充実した人生に役立てるほうが、実用的です。

というわけで、大会で入賞したことがなくとも、生徒に教えているわけでなくとも、そういう心がけで生きている人は、みんな武道家と呼んでいいんじゃないでしょうか?

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