ふと思いついて、ルソン戦について書かれた本を読んでみようと、それっぽいタイトルの本をアマゾンで4冊購入しました。
私の祖父が、ルソン島で戦死しているのです。
死亡告知書【公報】
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死亡告知書【公報】本籍大阪府堺市○○〇〇 陸軍兵長○○〇〇 昭和二十年二月四日比島ルソン島バギオニ於イテ戦病死セラレ候條此段通知候也 追面 別紙(死亡診断書。死体検案書。死亡證書。死亡證明書)ニ依リ本籍地市区町村長宛死亡届出セラレ度申添フ 昭和廿貮年貮月廿七日大阪地方世話部長 小池昌次 原田貞三郎
靖国神社からのお手紙
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子孫としては、フィリピンに行って遺骨を拾ってこないといけないような気もしてたのですが、そもそも、どういう戦闘があったのか、なんにもしらないぞ、と気づきまして、調べてみようと思ったのでした。
買った本は、どれも中古本です。プレミアムでない、ありきたりの中古本価格でした。ブックオフに売りに行ったら、5円くらいじゃないかなあ。
まずは、小説風の読みやすそうなのから読んでみようと思って、一冊目に読んだのがこちら、石長真華という人が書いた「フィリピン敗走記 一兵士の見たルソン戦の真実」。
呉広島旅行にも持って行って、夜にホテルで読んでました。
今井好夫という兵隊が主人公で、三人称で物語は書かれていますが、今井君は作者自身です。召集令状で徴兵され、満州、台湾、ルソン島と渡っていきます。
物語の冒頭、ルソン島に到着する前に、魚雷で船が沈められます。ぎゅうずめにされていた兵隊の大半が戦死。
今井君は田中一等兵に助けられ、二人で泳いでいたら、連隊副官に呼び止められ、自分を助けろと命令されます。救命胴衣と帽子を巻き上げられて、しかも自分は板の上に乗って、二人に押して泳げっていうのです。
年は若いのに、いわゆるキャリア組ですね。えらそうなんです。
下っ端の二人は、ハハーッと命令に従いますが、内心、こいつぶち殺したろか、と思っているわけです。
上官と部下、正規の軍人と召集兵との関係は、どうもそんなかんじだったようで、召集兵の命は切手代の一銭五厘程度の価値であり、兵器の方が、ずっと大事ということだったのでした。
私刑もあるし、なんと部隊の中で斬首刑や銃殺刑もあったようです。
原住民の娘を襲ったとか、強盗をしたとか、重大な規律違反ならしょうがない気がしないでもないですが、ちょっとしたことで上官を怒らせたら死刑! みたいなかんじです。
今井君の場合、敵の宿営地に斬り込みに行って、帰りに迷って、3日間さまよい、連隊本部にたどり着いてしまい、逃亡してきたな! 銃殺! となるのです。理不尽の極み。
味方を殺していたら、どんどん戦力が減っていくやんか!
幸いにも銃殺直前に敵の襲撃があり、今井君は味方からは殺されずに済みました。
ルソン島での戦闘はボロボロで、部隊は次々玉砕し、生き残った者もジャングルでさまようばかりで、もはや戦闘どころではなくなっていきます。
撃たれたり爆弾で吹き飛ばされたり火炎放射器で焼かれたりは、敵にやられたというかんじがしますが、自決したり、マラリアにかかって狂って死んだり、餓死したり、そっちの方が多かったようです。死んだ21万人の将兵のうち、88%が餓死と病死だったと書かれていました。
うちのおじいちゃんも、病死ということですから、飢えながらマラリアで苦しい最期だったのでしょう。
さて、ここからが衝撃的なんですが、この本、昭和50年に改題されていて、元のタイトルが「人肉と日本兵」だったのですね。
私の祖父は、死亡告知書によると2月4日の死亡ですから、激戦の中で亡くなったのかもしれませんけど、今井君たちは、8月15日を過ぎて、戦争が終わってからも、生き延びるのに必死でありました。
このころは「死守」とか「必死」とか、本当に字面通りの意味だったようです。
ジャングルには、食えるものがほとんどありません。連れていた牛を殺したり、死んだ兵隊の荷物から、わずかな食料をいただいたりしていたのですが、合流した放浪兵から衝撃的な話を聞きます。
川の向こう岸に別部隊がいて、こっちに渡って来いと手招きされて、喜び勇んで渡っていった若い兵隊が、向こう岸で殺され、食われたというのです。
今井君たち生き残りメンバーの中に、吉村兵長、通称吉村博士という元教師のインテリがいます。兵長って、うちの祖父と同じ階級ですね。
吉村兵長は、独自の哲学を持っていて、生命体はすべて自愛で生きている、食う寝る遊ぶも人助けも人殺しも、国家も戦争も、みんな自愛によるものだ、肉体は鉱物からなり、肉体がなくなれば精神もなくなる、文化は未来に残る、みたいな話を、いつもするのです。
だんだんと、死んだ人間を食って生き残ることは、いいことだと思えてきます。死んだ者を食べることは、人を殺すことより悪いことか?
今井君は、山豚を仕留めたといって、川で死んでいた兵隊の肉を、仲間のところに持って帰ります。メンバーたちは、薄々気づきながら、喜んで焼き肉を食います。
そのうち慣れてきて、行く先の道で斃れている兵隊が食料に思えてきます。しかし、たいてい、お肉はあらかた先に取られているのでした。
仲間が、マラリアで死ぬ前に、死んだら食ってくれと頼むようになります。蛆に食われるより、仲間に食われて一緒に帰国したい。
読んでいて私もだんだん、人を食うことは悪いことじゃない気がしてきました。
支那の食人文化はオゾマシイと思っておりましたが、極限状態だと、正義や良心に変貌するかもしれません。
支那のは親が子を食うみたいな話ですが、吉村博士の哲学、自愛、種の保存という観点で考えると、弱ったもんが、元気なもんに命を譲るのが道理でありましょう。
私も極限状態になったら、パパを食べなさい、と娘に言おう。
女王バチを中心とする蜂の集団を維持するために、兵隊バチが犠牲になることを思い出し、我々兵隊は誰のために死ぬんだ? と今井君が悩むシーンがあります。
天皇中心とする国体を守るためだろうと私は思いましたが、兵隊も国体の一部ですから、上官のために下っ端が犠牲になるという、当時の帝国陸軍の構図はおかしかったですね。
私は百田尚樹先生の「風の中のマリア」を思い出しました。スズメバチのお話ですが、国防に照らし合わせて読むと、とても意味深いように思います。
そういえば、戦闘で死んだ仲間の兵隊蜂は、肉団子にされて持ち帰られ、子供たちの餌になる、というエピソードがありました。死んでも集団の役に立つ、自然界はそうなのですね。
私も死んだら喜んで、娘の餌になろう。
仲間がみんな死んで、今井さんは、ひとり生き残り、米軍に収容されたのち、田舎の鳥取県に帰ります。年を取り、いろいろ葛藤しながら、自分の体験を書き残されたのでありました。
なかなかに衝撃的でゲンナリしつつも、人間や生命の本質を考えさせられたお話でした。
そして、フィリピンに行ったところで、祖父の遺骨回収なんて、無理、とも思ったのでありました。もしかしたら、誰かの血肉になって、一緒に帰国しているのかもしれませんけど…。
あと三冊、頑張って読みます。
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