化勁と蓄勁と発勁

推手道場はいつも午前中なのですが、この日はお弁当を食べて、昼からも練習という、充実した日でした。

先日つかみかけた蓄勁の感覚を試そうと思いまして、推手の達人、N先生に挑みました。

N先生は、後ろから突っ込んできた単車を無意識で吹っ飛ばしてしまった経歴を持っておられまして、これは達人の基準に当てはめて良かろうと思っております。

>>達人の基準

N先生との推手で、ずっと蓄勁の感覚を探り探りしておりましたら、いつもより粘りが強くなったような感じで、なかなか飛ばされなくなりました。

ふっと、蓄勁の感覚が整う瞬間が訪れまして、そのまま自然と発勁、N先生が後ろにポンと跳びました。

N先生は「おおっ? OK!」と叫び、私は、「おおっ、ついにやった!」と、感激したのであります。

苦節7年(くらいか?)、初めてN先生にお稽古をつけてもらったときは、タマ下駄を履いたままの先生に、両手の人差し指だけでいいようにあしらわれていたものですが、ついにここまで来ましたぞ!

しかしその後、私の蓄勁が整う前にN先生はスルッと化勁されるようになりまして、あっという間に対応されてしまいました。さすがや。

翌日早朝、ゆっくりと套路を打っておりまして、やはり蓄勁を意識していたのですが、ゆっくりゆっくり通していると、どこが蓄勁でどこが発勁だか、なんだかわからなくなってきました。

発勁だと思っていたところは、蓄勁と考えても違和感はないし、化勁のところで発勁もできるし、つまり蓄も発も化も、おんなじのように感じてきたのです。

相手との関わりの中で、一つの動作は、化にも蓄にも発にもなるってことですね。

これ、前に安田先生が月間秘伝に書かれていました。寸勁特集の時でした。武術雑誌なんて普段は買わないのですけど、安田先生の記事が載っていると聞いて買って読んだのです。

当時、読んだときは、へーなるほど、と思いつつ、いまいちピンと来ておりませんでしたが、ようやく体感で理解できました。

また一歩、達人に近づいた!

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