武とか武術性とか

前回のブログで、上手になったM氏も、太極拳の武術性ということには、ピンときてへんやろなーと生意気なことを書きましたが、私自身「武」とか「武術性」ということについて、理解しているかといえば、実際のところ怪しいものです。

「武」とは、昔、少林寺拳法で「戈を止める、すなわち争いを止めるということ」と習いましたが、きれいごとのお題目はさておき、武術性って何でしょうね。

M氏の場合は、それでは顔を殴られる、金玉蹴られる、ナッテヘンという感じですが、格闘の技術が上達したとしても、ナイフで刺されるとか、車に轢き殺されるようでは「武」というには物足りないでしょう。

命の危険から自分を守ることができてこそ、武術だと思います。その前提がないと、いくら格闘の技術が上がって発勁が打てるとか言ったところで、それは武術とはいいがたい。

命の危険を感じた経験がないと、武を感じることは難しいのではないかとも思います。

私自身は、人と争って命の危険を感じた経験はありません。

人の争いにかかわったことはありますが、常に安全地帯を確保して、最前線は避け、後方支援とか事後処理に徹しておりました。

死ぬかもしれない体験といえば、思い起こせば学生時代のビル解体のアルバイトですかねー。

解体中のビルの5階くらいの高さで、一本橋みたいになった鉄骨の上を水道のホースをもって歩いて、下で作業中のショベルカーに水をぶっかけるという仕事をしました。

舞い上がる粉塵が、ショベルカーの窓ガラスを覆って運転手の視界を遮るので、それを洗い流すのに上から水を撒くのです。

下を見ると、剝き出しの鉄筋が、針の山みたいにそそり立っていて、落ちたら串刺しやなーと思いました。

いちおう頼りなさげな命綱ワイヤーはしてましたけど、鉄骨の交差する部分で、フックを外して付け替えないといけなくて、外している時に風でも吹いたらアウトでした。

今の解体建築現場はもうちょっと安全に配慮されていると思いますけど、高所作業は死と隣り合わせです。

職業柄、常に死を意識している人はおられると思います。

自衛隊員とか警察官は、死んでもいいとは思ってないでしょうけど、死ぬかもしれないという覚悟はあるのではないでしょうか。

その覚悟が「武」じゃないかなあ。

プロ格闘技の世界チャンピオンより、特殊部隊を退役したおじいさんの方が強い、みたいな話を読んだか聞いたことがあります。

私も他流派の人とお手合わせするとき、コンクリートの上で投げられたりはしますが、命の危険は感じないし、怪我するとさえ思っておりません。

もちろんお互いに手加減の信頼があるからですけど、あれはやはり、武術というより、リクリエーションですね。ゲームみたいなもんです。武の境地ではないです。

そういえば、安田先生に刀を習っている時、首筋にピタッと当てられて、もちろん表演用の模造刀ですが、あ、死んだ、と思いました。あれが「武」ではないかな?

推手ではさわやかでスポーティな汗が流れますが、死が迫ると、冷や汗がでます。

まあ、日頃の練習から、そんな気配の中でやっていると、ストレスで早死にしそうですけど、たまにはそんな心持になってみるのも良いのではないでしょうか。

「葉隠」の「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」は有名です。

「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり。二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわつて進むなり。図に当らぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上りたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当るやうにわかることは、及ばざることなり。我人、生きる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。若し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。この境危うきなり。図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり。」

「いつでも死ぬつもりで、細かいことは気にせず、腹をくくれ。手柄がなけりゃ犬死になんてのは、大阪人のケチな根性である。生きるか死ぬかの時、生を選びたいのが当然だし理由づけもしたくなるが、正しいかどうかは人知の及ばざるところである。生にこだわると腰抜けになる。判断違いで無駄死だったとしても、恥ではない。日々死ぬつもりで、我が身を捨てる覚悟ができていれば、わがままから解放されて心が自由になる。心が自由なら、仕事もうまくいき、それが本当に自分自身を生かすということになるのだ」(だいぶ意訳)

格闘の武術性からはだいぶ話が飛躍しますが、これが昔のお江戸のサムライ思想、理想とする生き方だったのでありましょう。(上方がディスられているのが気になりますが、葉隠は佐賀藩の書です)

ただし、保身で長生きを選ぶのが、太極拳流、戦わずして勝つ、負ける戦はしない、兵は詭道なりが孫氏の兵法です。私はそっちが好きです。

ま、陰陽バランスのちょうど良いところで生きていくのが、いいんじゃないかなあと思います。

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