套路を練習している時の感覚が、またちょっと変わってきました。
毎度のことですが、このブログは、変化の兆しが表れてきた時点で書いております。
まだ不確定なのです。すっかり身に付けて自信を持って書いているわけではありません。
しかし、すっかり変わってしまった時には、もう変化の感覚は忘れていますもんで、ジャストナウな記録は貴重だと思っているのです。
これは既に名人、達人に至っている人には書けない感覚でありましょう。これがこのブログの良さだと思っております。
ただし、変化の兆しだと思ったら、ただの勘違い、フライングでした、ってことも多々あります。それも含めて、成長の記録ってことでご容赦ください。
で、どんな変化かというと、力みが抜けてきたように思うのです。
私を実際に見ている人には、力みはないように見えるかもしれませんし、私自身も力んでいるつもりはなかったのですが、いやまだ力んでた、もっと軽くできる!という気がしてきました。
老架式をやって、新架式をやって、大刀を振り回し、また老架式をやって、新架式をやって、朝起きてまた老架式をやって、新架式をやって…と続けていると、じっくり丁寧な心掛けが薄れてきて、雑というわけでもないのですが、ちょっとめんどくさげに、ササッサッと動いてしまいたくなります。
座ったり起き上がったり、あっちむいたりこっちむいたり、めんどくせっ!という感覚が出てきたとき、体を動かそうとせずとも、力を入れずとも、息を吸ったり抜いたりするだけで、手足は末端まで軽やかに動き、体が最も合理的で無駄のない動きをしているような気がしてきたのです。
虚霊頂勁、立身中正は外れることなく、胴体はストンとその場にありつづけている気持ちですが、実際は軽やかに飛んでいるし、低く沈んでいるし、方向転換も済ませています。震脚はパシーンと響くし、擺脚も掩手肱拳も、ブンッ!と唸ります。
でも、全然、力んでる感じがないです。
そして、あれっ、今何回目やったっけ?とか、ループしている?とか、新架老架どっちやってたっけ?という朦朧とした気分になってきます。
ゾーンに入った! ってかんじでしょうか。休憩しながらやっているので、ランナーズハイみたいな感覚とは違うように思いますが。
これは、また一歩達人に近づいたか!?
ただし、この感覚を教室で見本としてやって見せると、見た人が誤解をしてしまいそうな気もしてきました。
あれこれ考察を続けてまいります。
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