本当の太極拳を多くの人に伝えたい?

太極拳の推手道場の皆さんと、ランチに行きまして、にぎやかに過ごしました。

最近、入ってこられた方が熱弁をふるっておられました。

「多くの太極拳をやっている人が、推手も知らず、形ばかりで満足している。本当の太極拳を、多くの人に伝えたい! 宣伝広告をもっとするべき!」

この方は、形ばかりの世界から目覚められたようで、太極拳の本当の面白さを、他の人にも伝えたい、教えたい、楽しんでもらいたい! と願っておられるのです。

そういえば、私も、かつてそんな気持ちになったことがあります。学ぶからには、戦える太極拳でなければ! と思ったりしてました。

今は、そうでもないです。

形ばかりの、なんちゃって太極拳もどきでも、本人が楽くやって、満足できていたら、それでいいやん、と思うようになりました。

ナンチャッテに満足しきれず、もっと広く深い世界を求める人は、この情報取得の容易な時代、なんとかして、そっちの世界に辿り着いてくるものです。

そういう人は、どっぷりハマればよいです。求めていない人に、押し付けても、しょうないですね。

推手をやって武器もやって、相手と自分の勁がわかって、捨己従人で四両撥千斤の太極拳なんて、マニアックな世界です。

一週間に一度のチョロチョロパッパの練習で、辿り着けるようなものでもありません。

元旦から大みそかまで年中無休、ひたすら研究して、練り上げねば。それでも頂点の神明にたどり着けるやらどうやら不明です。

どっぷりはまって私は楽しいですが、これを楽しいと思える人は少数派だと思います。ゼニになるわけでなし、地位や名誉を得られるわけでもないですし。太極拳が趣味ですといえば、「へー、おじんくさ。」と思われるのが関の山。

でも、これで良いのです。YouTube大学「限りある時間の使い方」で、中田敦彦も言ってました。

満足な人生の時間を過ごすには、目標を作らず、生産性を求めず、あんまり人に自慢できない趣味を、好きな人と一緒に楽しむのがいいと。

上を目指して、こうでなければならぬ! 向上心の塊!というのは、老子の教えに合いません。

ですので、人生のゴール近い人たちが、デタラメでも体を動かして、お友達と楽しくおしゃべりしているのは、それで良いと思います。そういう種類のメジャーな趣味なのです。

なんちゃって太極拳をやって、これが太極拳だ! と偉そうにウンチクを垂れている人を見ても、滑稽には思いますが、別に腹も立ちません。

私が楽しいと思っている、マニアックな趣味とは、分野の違う趣味ですから、引きずり込むこともないですね。

 

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