百田尚樹「永遠のゼロ」感想レビュー

小説を読んで、これほど涙が出たのは、ずいぶん久しぶりです。先日読んだ「影法師」も泣ける話でしたが、目を開いていられないというほどではなかったです。

映画にもなったベストセラー小説「永遠のゼロ」を、遅ればせながら読ませていただきました。映画は見ておりませんので、まっさらな気持ちで読めました。

これが小説家としての百田尚樹先生のデビュー作なのですね。

ベストセラー作家による、小説家人生の集大成!といわれても納得できそうな名作だと思うのですが、これがデビュー作だとは。

YouTubeで好き勝手にしゃべっている百田おやびんのイメージからは、考えられないような緻密さです。

最近、岸田首相を狙った爆弾男の愛読書が「永遠のゼロ」だったことから、読者をテロリストに導くとんでもない作品だと誤認させるような報道がありました。

この報道こそ、とんでもないです。

特攻隊員は、狂信的な信者ではなく、無差別殺戮者のテロリストとは、ちがいます。ネタバレになりますが、特攻隊員はみな愛国者ではあったが、喜んで死んだわけではなかったのです。

不本意ながら軍という組織集団の命令に従ったのであって、自分の命と引き換えにしてでも、日本国、家族を守りたい気持ちはあっても、死ぬのが任務という作戦に納得していたのではなかったのでした。

特攻という狂気の作戦は、キャリア組のエリートから構成される軍上層部の、自分さえよければというわがままな根性、兵を使い捨てとした非人道的な思想から起きた、愚かな作戦でした。

特攻作戦は、メンツのための素人のバクチだったと、戦後ヤクザになった元特攻隊員が語るシーンがあります。

大日本帝国海軍は、偉いさんは無能でも優遇され、下っ端は、いくら功績をあげても出世しないという構造でした。

アメリカ軍との対比で、帝国海軍の愚かさが話されています。

アメリカの戦闘機は、頑丈で、搭乗員を守るように作られており、戦域には潜水艦が配備され、撃墜された搭乗員は救助するという体制のもと戦っていました。

撃墜された搭乗員は、命がけの失敗を糧に成長して、強くなります。

日本の戦闘機は、攻撃性能に優れていても、防御力はゼロ。撃たれたら搭乗員は死にます。一回失敗したら終わり。最後の方では、訓練のたびに、失敗して死んでいったそうで、出撃前からパイロットも物資も失なわれていきます。

私の今までの認識では、特攻とはごく一部の特命を帯びた特殊な部隊の作戦であり、全機敵艦に突っ込んで、通常攻撃では得難い成果を上げたものだと思っていたのですが、全然違っていました。

戦況が悪化し、勝つ見込みもなくなっていた時点で、破れかぶれに、ろくすっぽ訓練を受けていない即席パイロットも、歴戦の戦士も、教官も、なんでもかんでも闇雲に、爆弾を積んだ粗悪な飛行機に乗せて突っ込ませていたのです。

敵艦までたどり着ける戦闘機は、ごくわずか。ほとんどが、近づけもせず撃墜されます。敵をやっつけるというより、自国民を消耗させるための作戦みたいな感じです。

人間爆弾の桜花も、発射される前に輸送機ごと撃墜されることが多かったようです。こんな無念なことがありましょうか。

さて、物語は、平成の平和ボケ日本に生きる健太郎が、ジャーナリスト志願の姉の依頼により、特攻で亡くなった本当の祖父、宮部久蔵のことを知るため、祖父を知る生き残りを訪ねまわって、当時のお話を聞く、という構成です。

戦争経験者がギリギリ生き延びていた年代のお話ですね。

宮部久蔵の同僚や、学生、整備兵、通信兵など、10人を訪ねて話を聞いていくうちに、まったく謎だった祖父のことが、だんだんと明らかになっていきます。

証言者の一人一人の人生も語られて、毎度、涙が出ます。

最初は、臆病者だった祖父、という印象だったのが、どんどん変わっていきます。

最後の証言者は、大どんでん返しで、これまでの証言、そして健太郎の家族のことなど、一気につながります。号泣です。ここはネタバレしませんので、ぜひ読んでほしいです。

以前、坂井三郎「大空のサムライ」も、たいへん興味深く読みましたが、ここまでは泣かなかったなあ。ここはやはり小説家の手腕でしょうか。

ガダルカナルからの奇跡の生還の話は「大空のサムライ」を読んでおくと、より深く感動できます。

>>大空のサムライ|坂井三郎

宮部久蔵は入隊前は囲碁の専門家になりたかったというエピソードがあります。

囲碁と将棋の話があり、将棋は敵の大将の首を刎ねれば勝ち、戦国時代の戦はそういうものだったが、近代の戦争はそうではない、囲碁みたいなものだ、山本五十六は将棋は好きだったが囲碁は知らなかった、囲碁を知っていたら違った戦い方になっていたかも、と上官が語ります。

先に読んだ江戸時代の囲碁の小説「幻庵」は、「永遠のゼロ」のあとに書かれたものです。あら、ここで囲碁の話が出ていたのね、と面白く読めました。ちなみに百田先生は、アマチュア6段だそうです。

私の父は、相当な囲碁ファンだったとは、前に書きました。祖父は、フィリピンルソン島で戦病死したということなのですが、囲碁をしていたかどうかは知りません。

亡くなった父からも、祖母からも、祖父について何も聞いておりませんでした。祖父のことは写真を見ただけで、どんな人だったか、さっぱり知りません。もはや健太郎のように聞いて回ることも難しいでしょうね。

仁徳天皇陵の前の大仙公園内にある、戦没者慰霊塔の礼拝所に祖父の名前がありますので、公園に行くたびに拝んでおります。

小説のプロローグとエピローグは、特攻を受けた側の敵艦の乗務員による証言になっています。プロローグでは悪魔と恐れられたゼロ戦パイロットが、エピローグではサムライと呼ばれます。

私が小学生の頃は、まだ傷痍軍人が商店街で物乞いしたりしていましたが、なんだか怖くて避けておりました。

哀れな乞食さんくらいに思っていましたが、サムライだったのかも。申し訳なかったです。

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