推手の段階

推手道場の若手M氏は、上達目覚ましいのです。(若手といってもそれほど若くはないですが)

入ってこられた頃は、フニャフニャの隙だらけでしたが、今は掤勁が充実しており、力強いです。

そんじょそこらの、太極拳3段とかの、ちょこっと推手をかじっているだけのような人には、もう負けますまい。

しかし、ここで満足してしまったら、上達が止まります。私がM氏の段階を通り過ぎたのは四百年前…じゃなかった、3年くらい前でしょうかねえ。

M氏は、まだ力が充満してきただけで、方向性は定まっていないし、勁の量をコントロールできておりません。パーンと張ってはいますが、すぐに捻じれるし、間合いもわかってないし、あいかわらず隙だらけです。

かる~い勁で、いいようにあしらえます。

同じ量の勁で張り合って泥沼試合にもちこむこともできますが、あえて勁を弱めることで、主導権、生殺与奪の権を握れます。

これを実感したのは先日、異流派推手交流会で体重100kg超の合気道家とお手合わせした時でした。あの体重、圧力にマトモに張り合ったら潰されますが、軽い力ならいなせたのです。(その彼も学習能力が高くて、すぐに軽い力で対応してきました)

M氏にも、その感じをわかってほしいなあ~と思いまして、「そろそろ次のレベルに進みましょう」と提案してみました。

このセリフ、私が安田先生に言ってもらったときは、たいそう嬉しかったです。M氏も私に言われて喜んでくれていたらよいのですが。

具体的に何をするかと言えば、両手首を合わせるスタイルの打輪は卒業して、四正推手をやりましょう、相手の腕の握るのもやめましょう、顔面パンチや肘打ちには警戒しましょう、もたれかかったり、仰け反ったりはしないで、常にまっすぐ立っていましょう、自分勝手に動かないで相手に合わせましょう、というようなことです。

太極拳としては、当たり前のことばかりですが、あんがいできないものです。

本来は、基本功、套路で形をキッチリ固めてから推手に取り組むのが、上達への最短コースだと思いますが、そういう道のり以外から入ってきた人には、ちがったアプローチを示さねばいけないように思っております。

でないと、一面的なところしか見えず取り組めず、そればかり追い求めて、太極拳として上達していかないですね。

いっそのこと、全部捨てて最初からやり直す方が早いように思いますが、現実的には受け入れがたいだろうし、そんな、ゼロから引き上げてくれるような指導者に巡り合えるチャンスも稀有です。それに、やり直すにしても、寿命が足りなさそうな人の方が圧倒的に多いし…。(私は諸々の条件、非常にラッキーでした)

ですので、経験者に教える場合は、今いる位置から軌道修正して、上達への道に導いてあげようと思うのですが、「こうせい!」といったところで、できるものでもありません。

ここは、指導力が問われるところだと思います。いかにパラダイムシフトを起こすことができるか。

言われてわからんことでも、体感すれば、気づきがあるものです。その体感を与えられる人が、良き指導者と言うこととなりましょう。

それも、嫌気がさすような厳しい指摘じゃなくて、面白さの中で気づきを与えて、生徒がみるみる成長するってのが、一流の指導者だなあと、これは以前、合唱部の指導を見学して思ったことです。

先日、太極拳指導員の認定試験があったそうですが、指導者はそこを目指してほしいですねー。指導員資格の中身は知らないですが、初心者に、こうです、こうです、と情報を与えるだけなら、本やビデオ(YouTube)と同じですし。

さて、ガシガシと強い勁をぶつけ合うことができてきたM氏の次のレベルは、簡単に言えば、勁を弱めて正しい形で動くってところですが、ガシガシぶつけ合う経験は、通るべき段階であったと考えて良いでしょう。

そこを体感してからの方が、小さい勁の有効性を理解しやすいと思います。最初から、力を入れない、相手に合わせるだけ、とやってしまうと、武術としてチグハグなことになります。なにやってんの? みたいな。

その前に、殴り合い蹴り合いも経験しておけばさらに良かったかもしれません。棒で叩き合いとか、ナイフで刺し合いとか、ピストルで撃ち合いとかも経験しておけば、太極推手の有効性がより実感できるんじゃないかというような気もします。

私は刺し合い撃ち合いまでは経験しておりませんが、殴る蹴る棒で叩く練習は散々してきてからの太極拳ですから、太極拳の有効性をすごく感じているのであります。

M氏といつもと同じように激しく動きながら、あれこれと注文を出してみました。私の方は、勁をスカスカにして、M氏の手応えを消していって、隙があれば顔面パンチを入れたり(軽く当てるだけ)、足をかけたり(軽く転がすだけ)もして、この間合いではアカンと気づいてもらうようにやってみました。

いつもと違う流れに戸惑われたと思いますが、やっているうちに、不意に私がすっ転ばされました。M氏が何の気なく進めた足に、引っかかったのです。

意図的に出した足技は、すべて躱されたのに、まったっくその気がなかった一歩にスコーンとかかった! という体験をしてもらえました。手で押したりひっぱったりもしてません。密着状態で絶妙な位置に足が置かれただけです。

それやっ! 套路の形はそのためにあるのだっ!という気付きになったかと思います。

この調子で、後輩が成長してレベルが上がってきてくれると嬉しいですねー。

いつも、遥か先の先輩達にいいようにあしらわれるか、はるか後ろの初心者に、イロハを教えるかのどっちかってことが多いので、レベルの近い練習仲間が増えるのは、とってもありがたいことなのです。

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