署名活動への疑問

署名活動に協力してっ!と知り合いに頼まれまして、まあ、悪い人でもないし、他の人も署名しているし、深く考えずに「はい喜んで。」と答えて、誰かの名前の下の欄に、自分の住所氏名も書き込みました。

そのときは、ああ、いいことした、と思ったものの、さて、後から考えると、果たして良かったのだろうか?と疑問が湧いてきたのです。

というわけで、署名活動、署名運動について、考察してみます。

署名活動とは

署名活動・署名運動っていうのは、官庁とか役所に、なにか要望を伝えようとするも、一人じゃ無視されそうなので、賛同者を集めて、数の力で押し通そうという活動ですね。

企業や団体の活動に、意見したり反対するための署名運動もあるようです。この場合の署名入り要望書の提出先は、その企業なり団体になりましょう。

署名活動のやり方としては、主催者が、お友達の多そうなお友達に頼んだり、人通りの多い駅前などに出向いて、多くの署名を集めるのが通例のようです。

書式は、一枚の用紙に5人とか10人の住所氏名を記入する欄があるというのが多いです。最近はネットでの署名運動もよく見かけるようになってきました。

 

私が今まで署名してきたものって、環境破壊に反対するとか、待機児童の問題を解消するために保育園を増やして!とか、まだ認められていない新薬の承認を早く!とか、逮捕された人は本当はいい人なのでお上のお慈悲を!とか、いろいろありました。

逮捕された人の情状酌量を!という署名は、本人を知っておりまして、犯行の内容を聞いたら、そらあかんやろ、というものでしたけど、署名を求めてきたのが会社の先輩だったし、断るのも人間関係を壊しそうだったんで、素直に署名に応じた次第です。

署名活動に参加・協力する人は、内容を理解しているのか?

署名するのは、だいたい、頼まれたその場でということがほとんどです。

A4一枚の上半分に、ちょろっと書かれた内容にちょろっと目を通し、署名用紙を持ってきた人のざっくりした説明をざっくりと聞いただけで、お気軽に署名するのが普通です。

はっきり言って、ろくすっぽ中身も確かめておりません。

書かれていることって、署名を集めたい人の事情や思惑だけが主張されていて、不都合な真実には何も触れられていないことが多いです。

たとえば、新薬の承認を早く!というような内容の場合、命の危機にさらされている家族を助けたいというような思いはヒシヒシと伝わってくるのですが、さて、その薬の内容とか、承認されていない理由とか、デメリットとか、問題点とか、反対意見とか、さっぱりわからないのです。

本当は、一日講義を受けて、質疑応答、討論を重ねて、きっちり理解納得してからでなければ、賛同できるようなものではないのかもしれません。よく聞いてみたら、賛成できないという可能性もあります。

私の例で挙げた、逮捕された知り合いの情状酌量を求める署名は、「本当はいい人なので、勘弁してあげて。」という内容でした。

そんなもんで、お上が手心を加えたら、法治国家の崩壊です。

逮捕の理由は暴力行為による傷害だったんですけど、冤罪であるとか、自己防衛で止む無くとか、身内を殺された復讐とか、そんなんじゃなくて、ルール違反の自己都合を役所で押し通そうと恫喝したら断りやがったので、腹がたって切りつけたった、というものでした。

いかに本当はいい人なんだけど、ちょっと短気なだけ、っていっても、そりゃ無理ってもんです。

しかし、そんな署名運動でも、知り合いに頼まれたから、しゃあないなあと、みんなサインするのです。

署名活動の効果

まあ、私が気軽に署名したのも、「こんなもんは屁のつっぱりにもなんやろ。」と、効力をかんじてなかったからなんですけど。

これが、「証人として、あんたも法廷に出てきなさい。」なんてことでしたら、躊躇すると思いますけど、署名活動にそんなのは、ないです。

法的な効力もないのです。

大人数の署名が法的に効力を発揮するのは、地方自治法に定める直接請求の場合だけです。

地方公共団体の事務監査請求・地方公職者解職請求・地方議会解散請求・地方役員解職請求、合併協議会設置の請求、条例の制定改廃請求などですね。

これらは手続きに法的なルールが定められており、必要となる署名の数も決められております。

それ以外の署名活動には、法的な効力はありません。

政府あてのパブリックコメントも、参考意見という程度です。

要望があるならば、議員さんにでも、議会で取り上げてくださいとお願いするほうが早いかもしれませんけど、議員さんの支持率が上がるような案件ならともかく、あまり無茶な話は受け付けてくれる気はしないです。

民間企業になら、不買の脅しをかけるような要望書を、大人数の署名入で送りつければ、もしかしたら効くかもしれません。

トップの判断次第ですね。

署名活動への反対

あまりに道理が通らない署名運動というのもあります。

友人から、町の祭りの法被のデザインの再考を求める署名の協力を頼まれたことがあります。

私は法被のデザインなどに何の関心もなかったので、気軽に応じましたら、ついでにと、町内の戸別訪問まで一緒につきあわされました。

このとき、すごく考えさせられた事件がありました。

実は、法被のデザインは、町民投票によって選ばれたものだったのですよね。

ただそれが、実際にハッピを着る青年団の連中から、ダサすぎると不評で、こんなもんを着るのは嫌だ、投票はやり直しだ、という話になったのです。

戸別訪問して署名を求めたお宅のひとつが、なんと、投票で選ばれたデザインに票を入れていた方でした。

「ワシは、これがええと思って入れたし、多数決で決まったんやろが。それをまたひっくり返そうとすんのは投票の意味がないやろ!民主主義の敵じゃ!」と、怒られまして、そりゃごもっとも、青年団のほうが無茶いうとる、と気づきました。

私は民主主義が最高と思っているわけでもないですが、どうにも道理の通らんことを言っているのは、こちら側だなと思い、署名活動への協力は、やめたのでした。

(なんだか、大阪都構想の住民投票のやり直しみたいな話ですなあ。)

 

私は、友人から、そういったいきさつとか裏事情は、聞いてなかったんですよね。だから署名にも、同行にも気軽に応じました。

同行して怒られていなかったら、本当のことを知らないままだったと思います。

そして、気軽に署名しているほとんどの人も、さっぱり理解しないまま、というより無関心なまま、気前よく求めに応じただけでしょう。

大多数の人には、自分の財布に影響がなければ、どうでもええってことで、民主主義を説いたおっちゃんのほうが、希少だってことです。

署名活動の危険性

この、気軽に署名してしまうという習性は、危険かもしれません。

無関心層を言葉一つで賛同派に取り込めてしまいます。

また、署名する側のリスクもあります。

個人情報の悪用とか、危険分子の片棒とみなされるおそれも無きにしもあらずですが、なにより、自分で判断しないまま意志を表明する悪癖が身についてしまいます。

これは、ずる賢い人に、いいように使われるってことです。

もちろん、署名運動の多くは、善意から行われているとは思いますが、自分で考える習慣がないと、そのあたりの判断もつきませんでしょう。

気軽に署名する人は、カモです。

連帯保証人にされたり投資詐欺にあったりして、エライ目に合う人です。

思いもよらず、政治運動とか、犯罪の渦中に巻き込まれるかもしれません。

せめて、書類を受け取ったら、その場では署名せず、家に持ち帰ってじっくり読み込み、関連情報をググって、理解納得した後に、署名する、またはきっぱりと断る習慣をつけるのが良いと思います。

子供にも、今のうちから、そういうことは、しっかりと教えておきたいと思います。

(私が署名を求める側だとしたら、その場で納得してサインできるように、文章にとことん工夫すると思いますけど。)

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