陰謀小説「太児」第二十二話

この物語はすべてフィクションです。

第二十二話 テツと謎の組織と木の玉のこと

夕食の時間。

「ほう、そんな大変なことがあったのか」

太児のお父さんがいう。

「拳ちゃんのお母さんの妹さんよね。ヨシ江さん。苦労されたのねえ」

「拳二の家は、一気に大家族だよ。晶ちゃんのお父さんのテツさんが、誰かに狙われてるらしくて家に帰れないらしいよ」

「借金のトラブルとかだろうけど、ここまで取り立てにきたりしないか心配だな」

「拳ちゃんの家にはあまり行かない方がいいんじゃない?」

「そんなことで友達を避けたりできないよ」

「本職が来たら、この前みたいな、親子喧嘩じゃすまないぞ」

「うーん…」

 

夜、ピアノの部屋の窓越しに、美鈴と相談する太児。

「ヤクザが来るかもしれないって、パパやママも心配していたわ」

「ぼくのお父さんやお母さんも心配していたよ」

「晶ちゃんは、ヤクザなんかこわいことあらへんわ! っていってたけど…」

「庵天先生に相談してみようか?」

「そうだね…。頼りなさそうだけど…」

 

翌朝、早朝から魚を釣っていた庵天先生と、太児が相談していた。

「借金のもめごとなんか、逃げ隠れしてないで、親父がけじめをつければいいんだ」

自分でけじめをつけられるなら、こんな騒ぎになってないよなあと、太児は思った。

「チンピラ闇金だと、拳二の親にまで強請ってくるかもしれんが、ためらわずに110番だ」

「ヤクザとチンピラは違うの?」

「まあ、似たようなもんだが…。でも、本当に借金の取り立てか? 何に追われているのか、わからないとなあ。中国マフィアとか政府がらみってことは、よもやあるまいが…」

太児はゴクリとつばを飲み込んだ。

「まずは敵が何者かだ。己を知り敵を知れば百戦危うからずだ」

庵天先生が釣り糸をたぐりながら、ゆっくりと話す。

「武は、ただ戦うだけじゃない。危うきを察して、避けることも武だ。太極拳の化の理と同じだ」

太児は、小さくうなずいた。

「親父がなにをやらかしたかだな。父親が逃げ腰なら、子は苦労するなあ」

先生は魚籠を覗き、釣れた小さな鮒を放してやる。

「晶ちゃんは気が強いが、女の子だ。守ってやらんとな」

胸の奥がドキンとする。人を守るなんて、できるのだろうか?

「人はみな、強く見せたいもんだが、本当の強さとは、弱さを知り、弱さを抱えて、なお歩むことだ。剛の中に柔あり、柔の中に剛あり。陰陽だ。どちらか一方ではなく、両方を受け入れたとき、人は強くなる。」

先生は太児をまっすぐに見つめる。

「太児は関係ないような気もするが、巻き込まれることも考えて、まずは自分がしっかりするんだぞ。恐れを消そうとするな。恐れと共に立つんだ」

 

昼下がりの公園で、晶が父親を詰問していた。

「テツ、借金取りに追われてるんか?」

「借金くらいでワシがビビるかい! これまでなんぼ踏み倒してきたと思てんねん!」

「ヤクザと揉めたんか?」

「ヤクザが怖いわけないやろ! ワシ見たらあっちが震えあがるわい!」

「ほんなら、なんで家を放って、逃げたんや」

「わからん連中に追われとるんじゃ。そやから、尾行できへんように、スーパーカブで、寄り道しながら逃げて来たんじゃ」

公園のベンチに、ざらりと風が吹き抜けた。

晶とテツのやりとりを遮るように、背後から低い声が響く。

「ふふふ。そんなことで我々を巻いたとでも思ったアルか?」

晶がはっとして振り向くと、ベンチの脇の茂みから、黒スーツ、サングラスの男が3人、立っていた。

全員、長身痩躯で似たような顔立ちだ。

テツが椅子から立ち上がり、拳を握る。

「ちっ、尾けてきよったんけ。晶、下がっとけ」

晶は、父を睨んだ。

「……ほんまに何かやらかしたんやな」

長身の男が口元を歪める。

「尾けなくとも、行き先は見当つくアル。あんたアホね。手に入れたブツ返せば、我々の仕事は完了アルよ。とっとと出すアルよ」

「おのれら……ただのヤー公やないな」

「知らない方が身のためアルね」

晶はじっとりと冷や汗が流れるのを感じた。借金問題でもヤクザでもなく…もっと大きな、得体の知れないものに追われているのか。

「あなた持っているもの返す。それで終わりアル」

「……なんのことや」

テツは虚勢を張るように笑ったが、額には汗がにじんでいた。

晶が鋭く父を見上げる。

「テツ、何をしでかしたんや」

テツは口を開きかけて、ぐっと言葉を飲み込む。しかしスーツの男が代わりに答えた。

「ある国の秘密計画の鍵となる、過去からの遺産を、お父様は偶然、手に入れたアルよ。とっとと殺して取り返すつもりが、隠して、逃げたアルね」

晶の顔色が変わった。

「……ある国の秘密計画? 冗談やろ……」

テツは肩をすくめ、苦笑した。

「いてこましたったヤー公から取り上げたカバンに、わけわからん字が書いてあった木の玉が入っとったんや。それが、どうもアカンもんやったらしい」

サングラスの男が一歩前に出て、低い声を響かせる。

「その玉は国家機密アルね。返せば命は無事ね。さっさと吐くアルよ」

晶は震えながら父を見つめた。

「テツ……ほんまに、そんな危ないもん持ってるんか?」

「今はもっとらへんわ。誰にもわからんところに隠しとる。……晶に手ぇ出したら許さへんぞ」

公園の空気が、一気に張りつめた。

男は口角をわずかに吊り上げた。

「……ハオ。今日の終わりの0時までに湖畔の倉庫跡で渡すアルよ。でないと、晶ちゃんの命はピンチね…」

そう言って彼らは風のように立ち去った。公園には再び蝉の声だけが残る。

晶は父を睨みつけた。

「……テツ。ほんまのこと、全部言うて」

テツはベンチに崩れるように腰を下ろした。

「……ワシが見つけたんはな、古臭い小汚い下手な字の書いてある木の玉や。なんでそんなもんが狙われるんかわからへんわ」

「なんなんそれ。なんでテツが持っとるん?」

「ワシかて、しらんがな。商店街で揉めてたヤー公を、いてこまして荷物を没収したったら、そこに入っとんたんや。……知り合いのC国人に見せたら、青ざめて、捨てろて言うた」

「それで……捨てへんかったんか?」

テツは苦笑して、

「金になる思たんや。けど、すぐに追っ手が来た。ヤクザどころやない……国家レベルの悪党やったんやな」

「最悪やな……。もう逃げられへんやんか。はよ、返したりや」

テツは晶を直視できず、空を仰いだ。

「…ワシはもう詰んどる。返したところでな…。お前を巻き込むわけにはいかんから、逃げとけ」

「遅いわ、もう巻き込まれてる。ていうか、なんで、うちのとこに来たんや。拳ちゃんまで巻き込んでしまうやないか」

二人の間に、言葉よりも重たい沈黙が落ちた。

「テツ……ほんま情けない父親やな。でもな、うちはテツの子や。責任取って最後まで見届けるわ」

「……晶」

「誰にも迷惑かけんとこ。二人だけで終わらせるんや」

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