この物語はすべてフィクションです。
第四十四話 通り魔とガラクタ武器のこと
それは、突然だった。
校舎の廊下に、怒号と、金属を引きずるような音が響いた。
「お前ら、ぶち殺したるううう!!!!!」
窓が割れる。
男が刃物を振り回している。
通り魔だった。
焦点の合っていない目が、きゃろきょろを左右を見渡し、ゾンビのように廊下を歩いてくる。
「わー!!!」
「キャー!!!!」
男の侵入してきた廊下の端っこの教室は、ドアを閉めて、机でバリケードを築いたが、外への逃げ場がない。
入ってこられたら終わりだ。
男はサバイバルナイフを逆手に持ち、ドアに突き刺し、ガンガンと蹴とばす。
担任の男性教諭がドアの内側に押し付けた机で、必死に押し返す。
「皆殺しじゃー!! 俺も死んだる!!!」
精神的に追い詰められ、自殺願望を抱えたまま、最悪の選択をしてしまった男だった。
太児たちの教室は、廊下の奥にある。
「みんな、机の下に……!」
堤先生の声が震える。
「地震とちゃうんやから、机に下にもぐってもしゃあないで」
「あ、晶ちゃん、冷静ね…」
「ホルモン屋で酔っ払って暴れる奴はしょっちゅうやったからな。でも、アイツは完全におかしいで」
拳二が提案する。
「なんか、エサでもやったら大人しくなるんじゃないか?」
美鈴がリンゴを投げた。
リンゴは、ゴンと、通り魔の頭に当たった。
「お前かあ!!!!!!」
ドアに刺さったナイフを引っこ抜き、通り魔は太児たちの教室に向かって、よろよろと歩いてくる。
「きゃー、こっちへ来たわ!!」
「あんたが刺激したからや」
「いやあ!! 私のおなかには赤ちゃんがいるのよ!」
「とりあえず、先生と女子は避難! 男子は机と椅子を廊下に滑らせて、奴にぶつけろ!」
拳二がテキパキと指示する。
教室の近くには階段がある。
「美鈴! 晶!女子を誘導して、階段を降りろ! 低学年も連れて体育館や! 走れ!」
「了解!」
男子たちが慌てふためきながら、机や椅子を男に向かって滑らす中、伊東道戒は静かに非常ベルを押した。
ジャーーーーン!!!!!
「色不異空空不異色色即是空空即是色…これで警察も駆けつけてくるだろう」
通り魔がこちらに向かってきた隙に、さきほどバリケードを築いていた教室のドアが開き、中から生徒たちが出てきて、向こう側の階段に走っていく。
通り魔は、あいたドアから出てくる生徒達を見て振り向いた。
「お前らからじゃあーーー!!!」
ナイフを振り上げる。
「やばいぞ!」
拳二が、廊下に飛び出し、机の間をすり抜け、飛んだ。
「チェストーーー!!」
拳二の飛び蹴りが、男の後頭部に見事にヒット!
男は、つんのめって、ひっくり返ったが、すぐに起き上がって、ナイフを拳二に向けて身構えた。
その間に、生徒たちは次々と階段を下りていく。
「拳二、あぶない!さがって!」
太児が掃除道具入れに入っていたモップを斜めに構えて、拳二の横に立った。
「おっ、いい武器だな。おーい!俺にも何か投げよこしてくれ!」
拳二がクラスメートに声をかけると、箒と塵取りが飛んできた。
「こんなんで盾になるかなあ」
といいつつ、右手に箒、左手に塵取りを持って構える拳二。
「みんな! ぼくと拳二が時間を稼ぐ。こっちの教室のみんなも避難して!」
「太児!?」
拳二はともかくとして、日頃どんくさい太児がこんなに堂々としているのが、クラスメートたちには意外だった。
真ん中の教室の生徒達も、後ろのドアから階段に避難していく。
「チッ…このガキどもがあ!!!!」
太児は、男のもつナイフを見て、陳王廷が斬り殺した盗賊が持っていた刀より、ずいぶん小さいなと思った。
過去の世界、刀、血の匂いがよぎる。
拳二がささやく。
「太児…相手は刃物だぞ」
「こっちの方が、長い分有利だよ。ぼくは脚を引っ掛けに行くから、拳二は箒であいつの顔をワサワサやって目くらましをしてよ。ひっくり返して逃げよう」
男が突進してくる。
拳二が箒を突き出し、太児はモップを床を滑らせるように動く。
濡れたモップの重さと遠心力が、暴走する男の足元をすくい、バランスを崩させた。
しかし、よろめきながらも、男は箒の柄をつかんで、ひっぱった。
「うわあ、こいつムチャクチャ力が強ええ!」
そして、右手に持ったナイフを拳二に突き立てる!
ガスッ!
盾にしたステンレス製の塵取りに、ナイフの根元まで刺さった。
拳二は、箒を塵取りも離して、後ろに転がる。
「うわあ、やべえ。普通の力じゃないぞ」
太児が足元のモップを、グイッと引き上げ、男の股間に打ち付ける。
「決まった、急所攻撃!」
だが、男はお構いなしに向かってくる。
「うわー、効かない。ゾンビか??」
通り魔が道をふさぐ木製の椅子を蹴り上げると、椅子は跳ね上がって、天井にぶつかった。
「逃げよう」
男は、モップを両手に掴み、バキッを二つ折りにし、太児と拳二に投げつけた。
二人を反れたモップは、廊下の壁に突き刺さった。
「どうなってんだ?」
廊下から、階段に辿り着いたが、なんということだ。防火ドアが閉まっている。
「なんで~、俺たちがまだ残ってるのに~」
「グアハハハハ、もう逃げられんぞ、バラバラにしてやる!!!」
塵取りから抜いたナイフを逆手に持って、よだれを垂らしながら、通り魔が迫ってくる。もう3メートルも離れていない。
絶体絶命だ!
その瞬間だった。
通り魔男の背後の廊下の窓から、黒いコスチュームの男が、滑り込んできた。
ゴン。
「いてっ! なんで廊下に机があるんだ」
通り魔が後ろを振り向く。黒い男が、通り魔に向かって、右掌をあげ、ニヤッと笑った。
バシュッ!!
男の掌から、白いものが噴出され、飛び広がり、通り魔を包み込んだ。
漁師の網のようだが、白くネバネバして、暴れる通り魔に絡みつく。
男が、右手首のボタンを操作すると、白い網は、シュッと縮まり、芋虫の繭のようになって、通り魔を小さく丸め込み、床にゴロンと転がした。
「太児!新兵器だぞ!!」
黒い戦闘服に、山盛りリュックを担いだ、どう見ても怪しいおじさんが大笑いしながら叫んだ。
「ヒーローさん……!」
「クモの巣型・万能拘束ネット。素材は洗濯ネットとスライムだ。危なかったな! 間に合ってよかった」
「外から上がってきたの?」
「瞬間移動ワイヤーを使ったんだ。軽いもんよ」
拳二が叫ぶ。
「ええっ何者? 不法侵入者が二人?」
案の定、数分後――
ヒロは男と一緒に、両腕を掴まれていた。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はヒーロー側だ!」
警官が言った。
「どう見ても怪しい」
太児が一歩前に出る。
「その人、ぼくを助けてくれました。危ない人じゃありません」
「……ほんとか?」
ヒロは胸を張る。
「俺はガラクタ武器コレクター。法律には違反しとらん」
「いや…いろいろおかしい」
その後、通り魔は拘束されたまま護送車で連れていかれ、ヒロは参考人扱いでパトカーに乗せられたが、太児達の証言と、防犯カメラと、洗濯ネットの平和的性能により、すぐ解放された。
パトカーやら報道陣やらでごった返す校庭を横目に…。
「いや〜、新兵器、キレイに決まったぜ」
太児は、ヒロを見上げた。
「……どうして、ここに?」
ヒロはニヤリと笑う。
「見せびらかしに来たに決まってるだろ。そしたら、なんか異常な雰囲気だったからな。ヒーローに変身したんだ」
太児は、静かに頷いた。
(剣じゃなくても、拳じゃなくても…。おもちゃでも、ガラクタでも、守る意思があれば、正義になる)
校舎は立ち入り禁止。保護者達が駆け付け、子どもたちのざわめきと、安堵の声が聞こえた。
「ヒーローは正体を隠すもんだからな。俺は消えるよ。お前もテレビのインタビューなんか受けるなよ。めんどくさいことになるから。さっさと家に帰るんだ」
ヒロは去り際に言った。
「じゃあな、また新兵器を開発して見せびらかしに来るよ」
夕焼けの中、太児は笑った。

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