この物語はすべてフィクションです。
第五十一話 アパートの地下設備と智の珠のこと
「この義の珠、どうします?」と、侠太郎が庵天先生に聞いた。
しばらくして、庵天先生が答える。
「珠が選んだ者が持つのがいいような気もするが、テッちゃんに持たせておくのも不安だ」
「骨董屋に売り飛ばしかねないものね」と春子。
「連環の組織で管理しておくのが安全だろうが、太児の持つ珠との反応も見てみたい。しばらく俺が預かっておこう。なに、ボロアパートに見えて、ここもセキュリティは万全だ」
「存じておりますよ」といって、侠太郎がニヤッと笑った。
「知ってたの?」と、春子が笑う。
「これでも、連環の諜報員の端くれ、侠眼と呼ばれた私ですよ。このアパートの地下がシェルターと武器庫と秘密通路になっていることは承知しております。他の住民達がカモフラージュであることも」
「さすがだな。でも、俺たちが貧乏なのはホントだぞ」
「それも、承知しております…」
やや渋い顔をした庵天先生が話を戻す。
「七徳伝承が本当なら、他にも珠があるってことだ。ひきつづき情報を集めてくれ」
侠太郎が笑顔を見せる。
「はい。実は智の珠も発見しました」
「おおお、さすが侠眼。仕事が早い!」
「東京の民間大学教授のもとにありました。賀流源伯人(かるげんはくと)という古代中国語の研究者に、奇妙なことが起こっていたのです。読めなかった言語が急に読めるようになり、センセーショナルな論文を発表したとか」
「読めない言葉が、珠の力で読めるようになった?」
「教授は、そのちょっと前に、智の珠を入手して、研究室に祀っていたようなのです。そこから、不眠不休で研究が進んだらしいですね。ただ、本人の精神状態もだいぶおかしくなっていたようで、夜な夜な幻視や頭痛に苦しんでいたらしいです」
「智の珠の副作用かな? 知恵は光にもなるが、悪知恵は身を亡ぼすからなあ」
「論文発表後、得体のしれない電話やメールが来たり、監視されている気配にも悩まされていたそうで」
「C国がらみかな?」
「おそらく…。それからは珠を肌身離さず持ち歩くようになったようですが、気の毒なことになる前に、私の方で引き上げさせていただきました」
「おおっ、仕事が早い!!よくC国の工作員を出し抜けたな」
「これでも連環の一員ですから…これが、智の珠です」
侠太郎が懐から布に包まれた小箱を取り出し、両手で差し出した。
庵天先生が、箱を開けると、黒々と「智」と筆書きされた木の玉が現れた。
「これか…やっぱり光るのかな?」
「研究室の窓から、金色の光が漏れてくることがあったと、学生の証言がありました」「金色か…。ゴージャスだな。金色の光は仏の智慧や慈悲の象徴だもんな」
「今後、教授の研究が止まるようなら、珠の力が関係していたことになりますね」
「そうだな。そちらも追跡しておいてくれ」
「教授が論文を書けなくなって、おちぶれちゃったらかわいそうだけど…珠が彼を選んだのかしら?」
「わからんなあ。珠に試されたのかもしれないな…」
「ちょっと怖いわね…」
「これも、ここで保管しておこう。全部揃ったらどうなるのやら」
「私は次の珠を追います。「信」の気配が、台湾から届いています」
「よし頼んだ。だが…急がず、惑わされずにな。うっかりすると、お前自身が珠に試されるかもしれないぞ」
侠太郎は深くうなずき、庵天先生のアパートを後にした。


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