この物語はすべてフィクションです。
第四十七話 子供向けの練習のこと
キャンプ場でのランチは、庵天先生の手作りだ。
水餃子と陳家溝家庭式白菜炒、そして鷄蛋麺。
「どうだ。なかなか凝っているだろう」
「キャンプ料理とは思えないけど…」
「でも、おいしい!」
「武術の上達を望むなら、料理もできないとな。太極拳なら中華料理だ。武術を知るには、文化を丸ごと知らないと、本当のところはわからない。当然、中国語も必要だ」
「ええーーーっ。大変!」
「ま、ボチボチでいい」
ランチを楽しく食べて、しばし休憩。そして午後の練習。
「午前に套路を一通りやったが、次は、もっと極端に大きくやってみるぞ。低くなるところは極端に低くやるし、ジャンプもする。陳家溝に伝わる、子供向けの練習方法だ」
庵天先生が金剛搗碓の見本を見せる。
午前にやっていた金剛搗碓とは、とても同じ動作とは思えない。
お尻は地面スレスレにまで沈み、伸びあがるところでは、天に届くばかりに高くなる。
「ええーーーっ。大変!」
「骨の柔らかい子供のうちに、体中の骨の可動域を広げる訓練をしておくんだ。実際に戦う時、こんな動きをするわけじゃないが、将来の上達度合いが断然違ってくる。お前たちが大変に思う以上に、中年の俺の方が大変なんだぞ」
ひんやりと冷たい空気が湖面から吹いてくるが、みんな汗をかき、息も上がる。
「日本の子供たちに太極拳が流行らないのは、ゆっくり過ぎて、楽に思えて、つまらないからだと思うんだ。本当に面白いところは、子供の感性では、なかなかわからないかもなあ。だけど、ここまできつくやると、面白くなってくるだろう?」
「いえ、前から面白かったです…」と太児。足腰が痛くて、辛い顔になってきている。
「俺はこのくらいの方がやり甲斐があるぜ! 少林寺拳法よりキツイんじゃないか?」と拳二。鼻息は荒く威勢がいい。
「女の子もやんなきゃいけないの?」と美鈴。
庵天先生が答える。
「やんなきゃいけないことなんて、ないさ。さっきの普通のやり方でもいいよ」
晶が言う。
「うちはやるで。やるんなら、とことん、全部やりたい!」
「晶ちゃん、いいね~。がんばれがんばれ。そんじょそこらのナンチャッテ太極拳教室なんかとは、比べ物にならないほど実力がつくからな!」
太陽は西に。湖の向こう側の山に沈む。湖面にも、真っ赤な太陽が映って消えていく。
「もう、立てない…」
「足がパンパンだ~」
太児がへたり込み、拳児も落ち葉の上に寝転がる。女子二人も同様だ。
「みんな、よくがんばったな! こんな練習は、中学生くらいまでだ。いまどきこんなことをする教室は、もうない。だけど、本物の太極拳を身につけるための近道なんだ。これをやっておくと、次の段階には、簡単に進めるようになる。理屈じゃない。功夫なんだ」
そうか、これがカンフーってことなんだ…と太児は思った。
拳二が言った。
「腹減った~」
「よし。じゃあ夜はバーベキューだ」
「えっ、マジで!? やったーっ!」
庵天先生の奥さんの春子さんが、いつの間にか来ていて、バーベキューの用意をしてくれていた。
「中華もいいけど、焼き肉サイコー!」
「先生、大盤振る舞いやんか! どないしたん!?」
「お前たちの大活躍と、頑張りにご褒美だ」
「みんな、がんばったわねー。たくさん食べてね」
「満腹になって、家に帰って、風呂で良くあったまるんだぞ」
夜はひんやりと冷えてきたが、焼き肉パーティーで、幸せ気分の一同だった。

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