小説「太児」第六十七話

この物語はすべてフィクションです。

第六十七話 藤吉との再会と剣術のこと

「柔太児選手、こちらへどうぞ」

大会案内係が、太児をコートに誘導する。

相手に怪我をさせないルールだと聞いたが、試合を見ていると、そんな紳士的な選手ばかりでもなさそうだ。さきほどは観客にも死人が出かねかなかった。しかも出場選手の技術レベルは、とんでもなく高くなって常軌を逸している気がする。

とうてい自分が来るような場所ではないように思える。

コートに入ると、向かい合った相手が言った。

「太児か?」

そのビックリした顔は、小学生の時、剣道教室で見た顔だった。

「藤吉?」

「えらいところで会ったな。お前がこんなところに来るとはなあ」

「うん、驚いた」

驚いたが、少しほっとした気もする。

「レディースアンドジェントルメン! 次はなんと、武器対素手になってしまったざんす! 最初の組み合わせと変わったざんすが、人生そんなもんざんす」

藤吉は木刀を持っている。

「お前、無手か?」

「藤吉は、剣道?」

「剣道はやめた。今は古流の剣術だ。お前は太極拳だよな」

「うん」

「油断はしない。お手並み拝見だ」

藤吉が上段に構えた。

刀先は背後に向き、太児からは柄頭しか見えない。
刃の軌道が読めない。

藤吉が、ジリジリと近寄ってくる。

遠い。徒手の間合いではまったく届かない。太極刀でもまだ遠い距離だ。

突然、藤吉の左腕が伸びた。

「うわっ」

反射的に太児は後ろに飛んだが、木刀の先が、鼻先をかすめた。

刀身が見えないところから、いきなりまっすぐ降ってきて、まったく距離感をつかめなかった。

太児はゴロゴロと後ろに転がり、立ち上がった。

「よくかわせたな」

藤吉が低く唸る。

(ひっつかないことには、なんともできない…)

だが、近寄れそうにない。

再び藤吉が上段に構えた。

コートの外のヒロの声が聞こえた。

「太児! 秘密道具を使え! スパイダーネットだ!」

「えっ?」

そういえば小学生の時、護身用にと、薬害ゾンビ捕獲用飛び出し網をヒロから支給されたことがあったが、今、持っているはずもない。

だがその瞬間、太児の指がポケットの中の布に触れた。

日本手拭い。

(これだ)

太児は右足を引き、半身になる。
左掌を前に出す。
藤吉の死角になる右側の太腿のポケットから、手拭いをつかむ。

藤吉が近づく。

刀の間合いに入る直前で、太児は手拭いを投げた。

市松模様の布が広がり、藤吉の視界を覆う。

藤吉は慌てる様子もなく、袈裟斬りで手拭いを斬り捨てる。

その瞬間、太児は飛んだ。玉女穿梭だ。

手拭いを投げた勢いに乗って、滑るように間合いを詰める。藤吉の刀は、手拭いを袈裟斬りの流れで左下に落ちている。

太児は藤吉の右腕に触れながら着地した。体を返し、左足を巻き込む。後ろ足を刈る。

(倒れる…勝った)

そう確信した瞬間。

藤吉の体が軽やかに宙に浮いた。

太児の足は空を切る。

手拭いの巻き付いた木刀が、藤吉の背後を回る。
切っ先が天を向く。

(剣道じゃない!)

藤吉は、落下してくる。垂直の斬撃。

太児は、刀を躱して前方に転がり、ふたたび藤吉と向き合った。また元の間合いだ。

手拭いがはらりと地面に落ちた。

「やるじゃないか、太児。だが俺の剣術も、制限だらけの学校剣道じゃない。足払い、体当たり、なんでもありだ」

「行きたかった道に進めたんだね…」

「そうだ。お前が気づかせてくれたんだ」

藤吉の気迫に押される。

(強い……)

当たり前だが、小学生の頃の藤吉とは、まるで別人だった。

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