この物語はすべてフィクションです。
第四十九話 スパイダーネットと五常の徳のこと
学校は厳重に警戒されていた。校門の前に先生が立ち、生徒を見守り、不審者が入らないようにチェックしている。
「今さら襲ってくる人もいないと思うけどなあ…」と太児が言うと、美鈴が「模倣犯が現れないようにってことよ」と答える。
校門の脇で、警察官に止められている男がいた。
「あっ、誰かお巡りに捕まってんでー」と晶。
「あっ、ヒロさんだ。こんなところに来るなんて、アホだな」と拳二。
登校してきた太児達を見て、ヒロが大声を上げた。
「おおーい! 太児! お前を待ってたんだよー!!」
「…知らんふりしようか」
「そんな、かわいそうだよ」
太児達の知り合いだということと、身元が照会できたということで、ヒロは警察官から解放された。
「何しに来たの?」
「これだよこれ。お前たちに渡しておこうと思ってな。新兵器だ。こないだ俺が使った、スパイダーネットの簡易版だ」
「えっ、そんな名前だったの?」
「さっき思いついた。これは、クラッカーを改造したものだ。ひもを引っ張れば、パン!と音が鳴ってネットが半径3mの円状に飛び出して、敵にからみつく。身動きを封じたら、逃げるもボコるも自由自在だ。お前たちにやる。また、凶悪犯に出会ったときに使え」
「こんなん、銃刀法違反とか軽犯罪にならへんの?」
「銃でも刀でもないじゃんか。パーティー用のクラッカーだ。そうだ、君たち勇敢なガールズにも、あげよう」
ヒロはリュックから、ザラザラとクラッカーを取り出し、4人に3つづつ手渡した。
「うちらガールズやて」
「ヒロさん、話せる人ねえ」
「俺は女性に敬意を持っているからな。子供でもおばあちゃんでも、いたわる精神が必要だ。弱きを助け強きを挫くのが俺のモットーだぜ」
「ヒロさん、ステキ!」
「ふふっ。頼りにしてくれよ。ちなみにそのスパイダーネット・フォー・キッズの不発率は30%だからな。3つのうちひとつはヒモが抜けるだけだ。ハズレだとわかったら、おちついて、すぐに2発目3発目を撃つんだぞ」
「…あ、ありがとう」
ヒロは手を振り、かっこよく徒歩で去っていった。
堤先生の道徳の授業だった。
「この前は怖かったわねえ。でも、みんなの落ち着いた行動と、勇敢さと智慧のおかげで、誰一人怪我無く、無事でした。すばらしかったです」
クラスのみんなが、拳二と太児の方を見て、拍手をした。
「今日は、五常の徳のお話をするわ。孔子や孟子といった、昔の中国の思想家が、人として大事なことだと教えたものよ」
堤先生が黒板に書いた。
仁…ほどこしの心、やさしさ
義…人助けの心、義侠心
礼…礼儀、礼節の心
智…真実を理解できる智恵
信…信頼されるような人になること。言葉と行動が一致すること。人をあざむかぬこと。ウソをつかないこと。
「この5つを五常の徳というの。これにあと二つつけ足して、七徳ということもあるわ」
堤先生が黒板に書き加える。
忠…まごころを尽くすこと
孝…親孝行や兄弟への思いやり
厳…自らを厳しく戒めること
勇…正しいことを貫く勇気、人を守る勇気
「全部足したら九徳やん」と晶がつっこむ。
「このうちから二つ選んで足して、七徳というのよ」
拳二が嬉しそうに言った。
「そんなの知ってるよ。少林寺拳法の練習の前に、みんなで暗唱するもんね」
「へえ。どんなの?」
拳二は深く息を吸ってから、一息に声を出した。
「道は天より生じ、人の共に由る所とするものなり、その道を得れば、以て進むべく、以て守るべく、その道を失すれば、即ち迷離す、故に道は、須臾(しゅゆ)も離るべからずと、いう所以なり。人生れて世にある時、人道を尽すを貴ぶ、まさに人道に於て、はずる処なかれば、天地の間に立つべし」
息継ぎして、ちょっと考えてから再び声を出す。
「若し人あり、仁、義、忠、孝、礼の事を尽さざれば、身世に在りと雖も、心は既に死せるなり、生を偸(ぬす)むものと云うべし。凡そ人心は、即ち神なり仏なり、神仏即ち霊なり、心にはずる処なければ、神仏にもはずる処なし。故に一動一静、総て神仏の監察する処、報応昭々として、毫厘(ごうりん)も赦さざるなり」
流れるように続ける拳二。
「故に天地を敬い、神仏に礼し、祖先を奉じ、双親に孝に、国法を守り、師を重んじ、兄弟を愛し、朋友を信じ、宗族相睦み、郷党相結び、夫婦相和し、人の難を救い、急を援け、訓を垂れて人を導き、心を至して道に向い、過を改めて自ら新にし、悪念を断ちて、一切の善事を信心に奉行すれば、人見ずと雖も、神仏既に早く知りて、福を加え、寿を増し、子孫を益し、病い減り、過患侵さず、ダーマの加護を得られるべし。どうだいっ!」
クラスは拍手喝采だ。
「拳二くんすごいわねえ。よくそんな長いのを覚えられたわね。武士道と教育勅語の精神がモリモリってかんじだけど、意味は分かるの?」
「わかんない!」と拳二は胸を張る。
「わからんと言うとるんかーい!」と突っ込む晶。
堤先生が言う。
「むかし、江戸時代の寺子屋では、論語を、声に出して暗唱する勉強をしていたのよ。素読っていってね。意味は分からなくても、繰り返すことで考え方や価値観が、無意識のうちに身についたのね。大事なことよ」
太児は、少林寺拳法クラスではそんなことをしていたのか、剣道クラスではそんなのなかったなあと、思い出していた。
後ろの席の少年が手を挙げた。
「はい。伊東道戒くん」
「私も小さい頃から、毎日意味も分からず、般若心経その他のお経を唱えておりました。声そのものが仏行です。声に出して読むことで功徳(くどく)が積まれるのであります。今は、お経の意味が少しはわかるようになりましたが、よくわからないこともありますし、いつも新しい気づきがあります。生涯かけて学び深めていくものだと思います」
「そうね。五常の徳も七徳も九徳も、生きている限り大切にしていくものよ。今日は、このことについて、みんなでディスカッションしていきましょう」
この日の道徳の授業は、いつになく活発に盛り上がった。堤先生も、ふっきれたような清々しい笑顔でディスカッションに参加していた。

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