この物語はすべてフィクションです。
目次
第35話 戦いと殺戮と正義のこと
太児はしばらく起きられなかった。
人が死んだ!
殺してしまった!
いや、殺したのはぼくじゃない。
でも、人を斬った!
でも、じっとしていたら、斬られて死んでいたのはぼくだ!
でも、あれでよかったのか!?
ていうか、あれは夢だ。現実じゃない!
悪夢を振り払おうとしたが、右手が痺れている。
鼻の奥に血の匂いが残っている。
夢じゃない。
400年前の世界にタイムリープして、人を斬ったんだ…
太児は、布団から出てヨロヨロと立ち上がった。
「太児、朝ごはんよ。どうしたの、なんだか元気がないわよ」
「えっ、ううん。元気だよ」
「今日も練習に行くんでしょ」
「うん…どうしようかな…いや、いくよ」
「どうした太児、嫌な夢でも見たのかい?」
「ううん、なんでもないよ…」
人を斬ったなんて、言えない…
お父さんが読んでいる新聞には、いつも戦争のことが書いてある。
ロシア、ウクライナ、イスラエル、パレスチナ、イラン、アメリカ、中国、台湾などなど…
「お父さん、戦争になると人が死ぬのはしょうがないと思う?」
「なんだい、突然」
「戦争って殺し合いのことなのかなあ」
「うーん。経済戦争や情報戦争もあるけどね。武力攻撃になると死人が出るよ。軍人同士の戦いならまだマシだが、最終的には民間人の殺戮になるな」
「戦争は悲惨ね。何があっても、してはいけないわ」とお母さんが言った。
「そりゃあな。平和的な話し合いで解決するのが一番だね。でも、攻撃されてるのに戦わなけりゃ一方的に殺されるだけだよ。」
「一方的に虐殺なんて大昔の話じゃない? 今の時代にそんなひどいことをする国はないでしょう?」
「そんなことはない。最近のロシアとウクライナの戦争でも、民間人が大勢殺されているよ。日本と仲良しのアメリカだって、前の戦争の時は、日本中を丸焼きにして、とどめに原爆を二発も落として、何百万人もの民間人を殺したんだ。戦争になったら正義も秩序も吹っ飛ぶよ。国際法なんて、あってないようなもんだ」
「そういえばそうね」
「自分を守るために敵を殺すのは仕方がない?」
「敵を殺さず、自分を守るに越したことはないけど、そんなミラクルは、圧倒的な力の差がなければ、難しいだろうね。たいていは、攻めてくる方が強いもんだ。抵抗したらどちらも死ぬ。抵抗しなければこっちだけが死ぬ」
「戦争で人を殺したらどうなるの?」
「軍人同士なら犯罪にならないけど、民間人を殺したら戦争犯罪だよ。裁判で裁かれる。でも、戦争中に警察が犯人を捕まえることもないからね。勝ったもんが正義さ。負けたら悪にされる。日本やドイツは負けたから悪になった。もしアメリカが負けていたら、アメリカはジェノサイド国家っていわれてただろうね」
「そうかあ…相手が軍人じゃなくて盗賊だったら?」
「平時は、強盗にも人権があるからなあ。正当防衛っていう権利もあるけど、殺したらやりすぎになる。でも、戦時下のドサクサの強盗は、どうなるんだろうなあ。お父さんにもよくわからないよ。軍人だか民間人だか強盗だかゲリラなんだかスパイなんだか、しっちゃかめっちゃかになっているだろうしね。前の戦争の時は、日本には治安維持のための特高警察ってあったけど、強盗じゃなくて、思想犯ばかり捕まえていたみたいだ」
「戦争のない世の中になってほしいわ」
「争いの種なんかいくらでもあるからね。世の中の全部の問題を、賢く、平和的に話し合って解決できればいいけど、こっちが話し合うつもりでも、拒否されれば、どうにもならないね。相手が弱いと見れば、力づくで奪おうって連中が世の中多いんだよ」
「強ければ、戦争にならない?」
「自分からケンカを仕掛けて痛い目に見たくないからね。強い国同士は戦争になりにくい。弱い方が襲われるのが世の常だ。弱い国は強い国に襲われないように、ペコペコしてないといけない。それでも、強い国の気分一つで、いつでも襲われるよ」
「弱いと襲われる…」
「国同士のいじめだね。学校だったら先生が止めてくれるかもしれないが、国を止められる人はいない。自分の国を強く鍛えて、襲われないように備えておくのが現実的だよ」
「そうか…強くならないといけないんだね…」
「どこの国より、圧倒的に強ければ襲われないよ。でも、徳のない政治家が、力と権力を持つと、今度は襲う側になるからねえ。はじめは理想に燃えたいい人だったのが、偉くなったら傍若無人になるなんて、珍しくもない。力と徳のバランスが難しいよ」
「トク?」
「バーゲンセールでお得の得じゃないよ。やさしさや、人を助ける気持ち、礼儀、ただしさ、信用などを大事にするってことさ。仁義礼智信の五常の徳なんていわれる」
「徳があれば戦争にならない?」
「そりゃわからないよ。こっちに徳があっても、あっちになければ争いになるしね。自分には徳がある、相手に徳がない!と罵り合うのも、よくある話だ」
「人殺しには徳がない?」
「さあなあ。徳のあるとされる将軍とか、皇帝とかもいるしねえ。なんともわからないね。そもそも徳があるとかないとかも、宇宙の真理じゃない。人間が言葉で作っている価値観さ」
「そうなんだあ」
太児は朝ご飯を食べかけていたが、気分が悪くなってきて、またベッドに戻った。
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