センチメンタル小説「太児」第二十七話

この物語はすべてフィクションです。

第二十七話 父と先生と剣道と太極拳のこと

「ところで太児は、最近太極拳をがんばっているようだが、もう剣道はいいのか?」

お父さんが唐突に尋ねてきた。

「え、いや、そんなわけじゃないんだけど…」

太児は口ごもる。

せっかくお母さんが勧めてくれたものを、やめてしまうのは悪い気がする。

「無理して続けなくてもいいんだぞ。本当にやりたいことが見つかったのなら、そちらを頑張ればいい。気の進まないものを続けて、犠牲者気分になるのは良くない」

「うん…。本当は剣道より太極拳の方が楽しい…。ぼくに合っているような気もするし…。でも、お父さんも剣道をやっていたんでしょう?」

「中学校の部活でな。親子剣士を目指すわけでなし、太極拳、いいじゃないか」

「お父さんは、太極拳を知っているの?」

「え、いや、少しくらいはな…深くは知らないが」

お父さんがなぜか口ごもる。

「まあ、気にせず、好きなことをやりなさい」

「うん、じゃあ、そうする」

剣道教室の退会は、太児が直接に先生に伝えた。太極拳をやるので…とは言いにくいように思ったが、素直に話した。

「そうか。残念だが、自分がやりたいと思うものをやったらいい。この頃のお前の動きが変わってきたと思ったら、そういうことだったんだな」

背が高く、髪も髭も真っ白な剣道教室の先生は、あっさりと退会を認めてくれた。

「それにしても、偉いぞ。太児。教室を辞めるなんて言いにくいことは、たいてい親が言ってくるもんだが、お前はちゃんと自分で言いに来たな。立派だ。手続きのことなんかは、あとでお母さんと、電話で話しておく。…きょうびは会社を辞めるのだって、本人じゃなく、親だとか、代行屋だとか、弁護士だったりする時代だ。日本男子がフニャフニャだ。お前は芯が通っている。これからも素直にまっすぐ、成長していけよ」

太児は、ちょっと涙が出てきた。

「太児、やめるのかよ。残念だな。この頃はお前と当たるのが楽しみになってたんだけどなあ。太極拳がんばれよ。たまには遊びに来いよな」

藤吉が声をかけてくれた。

太児はボロボロ泣けてきた。

2年くらいしかやってなかったが、運動不足で肥満体型だった太児を、少しでも鍛えてくれたのは、間違いなく剣道だ。叩かれて痛い思いもしたし、夏はバテるし、冬の冷たい床も辛かったし、防具を運ぶのも重かったし、そんなに好きでもなかった。でも、やってよかったと思う。

家に帰るとお父さんが褒めてくれた。

「一つ大人になったな。太児。言いにくいこと、怖いこと、恥ずかしいことから逃げたくなるのが人間だ。いい年して直面できない人は、いくらでもいる。自分で責任を持って乗り越えたんだ。自信を持っていいぞ」

太児は、また泣けてきた。

 

夜遅く、家族が寝静まったあと、お父さんはひとり芋焼酎をロックで飲みながら、物思いにふけっていた。

「太児の太極拳の教官は、庵天先生か…。なんというか、不思議なもんだなあ…」

数日前、湖畔の倉庫の暗闇の中で、庵天先生が息子達を救い出すのを、この目で見た。

信じられない速さ。

それは昔、訓練場で見た動きと同じだった。

 

大学四年の春。

言語学の研究室で、教授から不意に声を掛けられた。

「中国語だけでなく、人間を読む訓練をしてみないか?」

それが、すべての始まりだった。

薄暗い建物。

防衛省の別棟と聞かされたが、出入りする者は皆、無言だった。

研修生という名目で集められた数名の中に、彼はいた。

「旧・陸軍中野学校の系譜」とささやかれる施設。

教育科目は、諜報・謀略・防諜・通信などの軍事学、政治・経済・思想・宗教・外国語・細菌学・薬物学・法医学・気象学・交通学・心理学・統計学など多岐にわたり、武器類の扱い、自動車や船舶の操縦、偽札や爆弾の製造、サイバー技術に、テーブルマナーや社交ダンスまで学んだ。

そして武術。

剣術・柔術・空手・合気道・忍術など、体育ではない実用的な武術をみっちり叩き込まれた。

日本武術だけでなく、ボクシングやレスリングの研究もあった。

武術講師のひとりが、中国武術の庵天先生だった。自分より少し年上くらいだ。

庵天先生の授業は異質だった。

授業が始まっても、先生が来ない。と思ったら、すぐ横にいる。ヘラヘラ笑っていて、まったく緊張感がない。

それでいて、手を合わせると、立ってさえいられない。すべての力を吸い取られるようだった。

「勝たなくいてもいいんだ。死ななきゃいいのさ」

その言葉が胸の奥で燃えた。

庵天先生の講義は、言葉も思想も武術も、すべてひとつの体系として繋がっていた。

彼は夢中で学び、異端的な学生として頭角を現す。

やがて「文化交流官補佐」という肩書きで、米ソ冷戦下、中国へ渡る。

 

上海の空は、鉛色だった。

文化交流と称して入った先は、実質的な情報交換の最前線だった。

政治家、学者、軍人、記者、芸能人…誰が敵で誰が味方かもわからない。

ある晩、密会が露見した。

踏み込んだのは公安部隊。

逃げ場はないと思った瞬間、背後から声が聞こえた。

「伏せろ。」

その声を、彼は忘れたことがない。

庵天先生だった。

その同じ声を、数日前、倉庫の中で聞いた。

あの時も、闇から溶け出すように庵天先生は現れ、伏せろと言った。そして、わずか数分で救出に成功した。

上海での脱出の途中、庵天先生は一言だけ告げた。

「お前は環の中から出られないよ…」

その意味を問う間もなく、庵天先生は姿を消した。

それから数十年して、自分は結婚し、普通の家庭を持った。

サラリーマンとして働き、通勤電車に揺られ、子どもを育てた。

もう、あの環には戻らない。

そう信じていた。

 

だが、庵天先生が再び現れ、息子を救った。

血が凍るような感覚と同時に、胸の奥に何かが温かく灯る。

夜風が頬をなでる。

玄関の灯が、やわらかくゆらいだ。

彼は、静かに息を吐いた。

「庵天先生……。また助けてもらいましたねえ」

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