この物語はすべてフィクションです。
第三十七話 暗器と謎の男のこと
「太児、大丈夫?」
お母さんに声をかけられて、太児は目を覚ました。
起き上がって時計を見ると、ベッドに戻ってからまだ10分も経っていない。
「うん、だいじょうぶ」
さきほどは、頭がどんよりと重く、吐き気がしたような気がしたが、今はなんとなくスッキリしている。
食べかけていた朝ご飯も、まださめていない。続きを食べて、太児は湖の公園に出かけた。
波は穏やかだ。
太児は湖に向かって、ぼんやりと立った。
夢で見た陳王廷は、まさに徳を備えた人だった。
でも、戦場での陳王廷は、どのくらいの人を殺めてきたのだろう。
生きることと死ぬことは表裏一体、それは自分も相手も同じだ。生き延びれば人生は続き、徳のある人にもなれる。
死ねば、そこで終わりだ。
人生が、途中で、急に終わるって、どういうことなんだろう。
武術は、生き延びるための術…。最後まで生き抜くための術なのか…。
いつもの練習場所から、少し離れた、松の木の下に、見慣れない男がいるのを見つけた。
何か両手に持って小さく回している。
武術の練習?
浅黒い顔で、頭は丸坊主、ダボッとしたカーゴパンツを履き、足元はブーツだ。
ひゅっと腕を振ると、シャキンと小さく音が鳴り、棒が長くなった。
くるっと回すと、また小さくなり、手に隠れて見えなくなる。
「…なんだろう?? 手品??」
しかし、手品師にしてはいかついスタイルだ。
ぼんやり眺めていると、振り向いた男と目が合った。
男は太児に向かって、笑いかけた。いかつい顔だと思ったが、あんがい人懐こそうな目をしている。
「おじさん、何をしているんですか?」
「君は庵天の生徒だな?」
「えっ、先生の知り合いですか?」
「ここに来ればいるかと思ってやってきたが、姿が見えないな」
「さあ…来るかもしれないし、来ないかもしれないです」
「あいかわらず気ままだな」
「それは、なんですか」
「君は武器もやるのか?」
「えっ、まあ、刀を習っていますけど…。それは武器なんですか?」
「刀は、持ち歩けないじゃないか」
「えっ、本当に使うわけではないので…」
「使わないものを練習したってしょうがない」
太児は、自分も前までそう思っていたことを思い出した。刀は、使うために練習しているわけじゃないと言いたくなったが、自分は本当に人を斬ってしまった。
「棍も習ってるけど…その武器は、使えるんですか?」
「棒はいいよな。でもいつも持ち歩けるわけでもない。こいつは隠し持てる」
男が、ピュッと手を振ると、鉛色の棒が30センチほど伸びた。
「これは俺が自作した武器だ。警棒を改造した。名付けて、ステルストンファだ。持っているように見えなかっただろう。こういうのを暗器というんだ」
男がまた手を振ると、黒い小さなものが、松の木にサクッと刺さった。
男が手首を返すと、黒いとがったものが、戻ってきて、手のひらにすっぽり収まった。
「紐がついているんだ。忍者が使った苦無を参考に自作した。名付けて流星苦無だ」
「ええっ、忍術なんですか?」
「ヒロ式なんでも武器術だ。俺がネーミングした。ヒロってのは俺のコードネームだ。本当は空手家だけど。ヒロさんとでも呼んでくれ」
「ヒーローさん」
「おう、なんだ。ヒーローって呼んでくれるのか、嬉しいねえ」
「この武器で人を殺すんですか?」
「おおっ、物騒だなお前。…その気になったら殺せないこともないだろうが…。まあ、護身用だな。本来の暗器は、暗殺に使うもので、毒を塗って刺したりするんだが、そんなことはしないよ」
「隠し武器なんですね」
「そうだ」
「ぼくに見せたら隠している意味がないじゃないですか?」
「趣味だからな。人に見せて自慢してこその趣味だ」
ヒーローさんは、つかみどころのない変な人だなあと、太児は思った。

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