小説「太児」第七十三話

この物語はすべてフィクションです。

第七十三話 晶、ホルモン店を経営し、テツは雇われ店長となること

「いらっしゃい!」

鉢巻き姿のテツが、ホルモンを焼いていた。

太児、中学2年生の冬。

「おお、太児とお母はん。ようきたのワレ」

テツは、商店街の焼き肉店で、雇われ店長になっていた。

寂れた商店街で、跡継ぎもなく閉店を考えていた店を、中学生だった晶が借り受け、父親のテツを店長に据えたのだ。

母親のヨシ江は仲居さんだ。

実家のホルモン屋を、真面目に経営せず、遊んでばかりのテツだったが、馴染みない土地で、娘が用意した店を任されたとあっては、逃げ出すわけにもいかない。

テツの濃いキャラクターは、最初は地元の人たちを戸惑わせたが、だんだん人柄が親しまれるようになり、地元ニュースにも取り上げられて、すっかり、商店街の名物店長となっていた。

「珍しいやんけ、太児。お母さん孝行か?」

「晶ちゃんから、ぼたん鍋を始めるって聞いたもんだから、お母さんにも食べてもらおうと思って」

「おお、そうか! 晶が猪肉を仕入れて来よってな。ま、奥に上がれや」

「いらっしゃーい!」

「あれ、拳二もいたの」

「冬休みじゅう、晶にこき使われてるんだよ。今日は朝から、猪の解体をやってた」

「うひゃー。ぼくも手伝うよ。今度、イノシシが取れたら教えてよ」

「お前は武術修行の一環だろ、どうせ」

そういって拳二が笑う。

「まあね。庵天先生に、いろんな修行をやれっていわれてたし」

「また、みんなで合宿もしようぜ」

「うん、いいね。春子さんにお願いして、合宿させてもらおう」

湖に近い庵天先生のアパートは、その後も4人の集まり場所となっていた。

「晶ちゃんは?」

「イノシシの解体の後、裏の空き店舗を見に行ってる」

「空き店舗?」

「手作り豆腐屋さんだったんだけど、跡継ぎ息子がカーレーサーになったとかで、閉めたんだよ」

拳二が寂しそうに笑う。

「そこで、新しく始める気らしい」

「何を?」

「猪肉の加工場とか。食肉処理業許可を取るんだって」

太児は目を丸くした。

「加工場?」

「ぼたん鍋以外にも、ソーセージとかジャーキーとかペットフードとか、作るんだってさ。商店街の名物にするって」

奥の厨房からテツの声が飛ぶ。

「おい拳二ぃ! はよ肉もって来んかいワレ!」

「はいはい、今行きますよ店長」

拳二が立ち上がる。

太児もついていく。

店の奥の台の上には、解体したばかりの猪肉が並んでいた。

拳二が言う。

「晶はさ」

包丁を動かしながら続ける。

「猪だけじゃないって言ってた」

「え?」

「山のもの全部やるって」

「全部?」

「猪、鹿、山菜、蜂蜜、炭」

拳二が肩をすくめた。

「ジビエ名物の商店街にするんだとよ」

太児は驚いた。

「すごい計画だなあ」

その時、店の戸が勢いよく開いた。

「ただいまー!」

息を切らせて入ってきたのは晶だった。

髪に木の葉がついている。

「お、太児来てたん」

「あれ、晶ちゃん、山行ってたの?」

「そや。猟師さんのとこ」

そして手に持っていた袋をテーブルに置く。

中には白い塊が入っていた。

「これ何?」

「蜂蜜や」

拳二が吹き出した。

「今度は養蜂かよ」

晶は真顔で言う。

「猪だけやったら、商売は広がらへん。冬だけやし」

そして笑った。

「商店街、空いてる店、全部使ったるで」

テツが奥から叫ぶ。

「晶! ぼたん鍋もう一つや!」

「何をえらそうに指図してんねん、雇われ店長!」

「す、すんまへん」

お母さんが座敷から、ビックリした顔で覗き込んでいる。

晶はエプロンをつけながら言った。

「まずは、この店から繁盛させるで」

太児は、ふと思う。

晶は、将来とんでもないことをやるかもしれない…

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