この物語はすべてフィクションです。
第六十六話 流星錘と拳銃と算盤のこと
「さすがざんすねえ。ほれぼれしたざんす」
コートを退場してきた東山先生を迎えて、トニー渓が言った。
「でも、あれじゃ、盛り上がらないざんす」
「そうかね。わしゃけっこう楽しんだよ。濃い10秒じゃった」
「見ている者が理解できないざんす」
「木戸銭とる興行じゃあるまいし、良かろうよ」
「まあ、それがこの大会の良さざんすが…」
満足したような、物足りなそうな複雑な表情をしていたトニー渓だったが、気分を変えたのか、サバサバと本部席へと戻っていった。
「レディースアンドジェントルメン! ブレイクタイムで、アトラクションざんす」
おおっとどよめきが起こる。
「第5戦の選手、欠員が出たもんで、ミーが代わりに入るざんす。対戦相手は、田英海選手。えー、武器使用ざんすね。ミーも武器を使うざんす」
先ほどまで、4つのコートが同時に開始だったが、アトラクションとのことで、一面だけが使われる。選手や観客たちが、コートの周りを取り囲んだ。
蝶ネクタイのまま出てきたトニー渓と、シャツの胸をはだけた、でっぷり貫禄ある体型の田英海が向き合った。
田英海は、丸い玉のついた紐をビーンブーンと振り回す。
「ありゃ流星錘だ」
ヒロが解説する。
「遠距離から振り回して、鉄球をブチ当てる武器だ。敵に巻きつけて引き倒したりできるが、扱いが難しいぜ」
ヒモは長く、隣りのコートまではみだす勢いだ。
田英海と紹介された男が、低い声で、叫ぶ。
「初参加で主催者様相手とは光栄だ! 遠慮はしねえぜ!」
次の瞬間、猛烈な遠心力で回転していた鉄球の軌道が変わり、まっすぐ直線状に、トニー渓を襲った。
「ヒモを肘に引っ掛けて、軌道を変えたんだ」とヒロが解説。
「当たる!」と拳児が叫ぶ。
しかし、トニー渓は、慌てる風でもなく突っ立ったままだ。
鉄球が、トニーの顔面に直撃したかに見えたその直前、ジャッと音が鳴り、鉄球は斜め上にはじけ飛んだ。
「イヒヒ。ほんとに遠慮なしざんすね。試合のルールをご存じざんすか? ま、アトラクションざんすから構わないざんすけど」
軌道の変わった鉄球はすぐさま引き寄せられ、もとの周回運動に戻り、ブーンブーンを空気を切り裂いている。
「どうやって、弾いたんだろう?」と太児。
「ありゃ、算盤だな」
「そろばん?…っていう名前の武器?」
「ちがうわい。電力不要のSGDsな昔ながらの計算機だ。丸い珠がびっしり並んでいて、その回転で鉄球を受け流したんだ」
二発目が飛ぶ。
ジャッ。
またしても鉄球はトニー渓の目前ではじけ飛ぶ。トニーが算盤の面を鉄球の飛んでくる方向に合わせ、衝撃を逃し、軌道を変えているのだ。
鉄球は、直線運動と回転運動を織り交ぜ、前から横から次々とトニー渓に迫るが、まるで見えないバリアーがトニーを囲んでいるかのように、鉄球は当たらない。
「ううっ、どうなってるんだ」と焦る田英海。
「だが、防いでいるだけでは、埒が明かないぜ!」
田英海は左右から、同時に鉄球を投げた。ヒモの両端に鉄球がついていたのだ。
「双流星だったのか」
ヒロが感心する。
「さいざんすか。じゃあ、ミーからも行くざんす」
トニーが算盤を足元に落とした。
「シエーッ!」
トニーが飛び上がり、算盤に飛び乗った。
ジャーーーーッ。
スケートボードに乗っているかのように、一気に田英海との間合いを詰める。
「えっ、計算機が乗り物に??」
トニーは流星錘の軌道を潜り抜け、算盤に乗ったまま、掌を田英海の首に絡みつけ、足を跳ね上げた。
ドスン!
田英海の巨体が倒れ込み、勢いをなくした鉄球がゴンゴンと田英海の頭に落ちる。
「哎呀!」
トニーは、そのまま滑ってコートの端へいき、ジャッと算盤を跳ね上げ、手に受けた。
「くそっ!」
田英海は慌てて立ち上がるが、ふらついている。
「まだやるざんすか?」
「勝ったつもりになるなよ!」
また流星錘が飛んでくるが、ジャッジャッと、トニーは難なく躱す。
ガツッ。
算盤に槍の先のような鋭い金属が刺さった。
「鏢(ひょう)だ。あいつ、他にも隠し持ってたんだな…本物じゃねえか」
ヒロが解説する。
「バカにしやがって!よくも恥をかかせてくれたな。殺してやる」
田英海が叫び、懐から取り出した鏢を次々と投げる。
トニーがひょいひょいとよけると、鏢はエントリー表にザクザクと刺さった。
「プライドが審判と言ったざんす。メンツじゃないざんす。負けず嫌いの子供は、キッズの大会にでも行くざんす」
トニーが算盤に刺さった鏢を抜いて投げ捨て、おもむろに歌い出した。
「あー願いましてはあ~」
算盤を振り、指で弾いてリズムをとる。
ジャッジャッジャジャーッ、ジャッジャララララッラ、ジャジャッジャジャジャッ。
「♪あんたのお名前なんてーの? えらいこっちゃえらいこっちゃヨイヨイヨイヨイ」
「お、おれは田英海だ」
「♪ホントのお名前、なんてーの?」
「なにおっ?」
「ユーはC国の工作員ざんしょ」
「…」
一瞬、無言になった田英海だったが、懐の奥に手を突っ込んだ。
「…バレてちゃあ仕方がない」
田英海は、拳銃をトニーに向けた。
「ありゃ、ノリンコ 92式拳銃 …」
ヒロが解説しかけたが、
バシッ!
田英海の手から、拳銃が弾け飛んだ。
バシッ!バシッ!バシッ!
田英海は仰向けにひっくり返った。
算盤の珠が、田英海の眉間と鼻の下と胸の真ん中を打ち付けたのだ。
「ふん。ミーを消しに来たざんしょ」
トニーは、倒れている田英海にひらりとまたがり、流星錘のヒモで手足を縛る。
運営テントから二人の男が走り出てきて、田英海を担ぎあげ、会場の外に消えていった。
東山先生と拳児が顔を見合わせた。
「やっぱりこの大会、怪しかったかのう?」
「これって警察沙汰になるんじゃ?」
ヒロが言う。
「あの拳銃がオモチャじゃなくて、本物だったとしたら、国際的事件だぜ…」
太児がつぶやく。
「今、トニーさん、光らなかった?」
拳児が答える。
「そういや、なんかボヤッと、一瞬白くなったような…」
観客席の端では、テツと美鈴と伊東道戒が顔を見合わせていた。
「なんやなんや、エライ物騒なことになったやんけ。チャカなんか持って、ヤー公が紛れ込んでたんかいな」
「あやうく死人が出るところでした。あの方、後光が差してましたね。南無阿弥陀仏…」
「演出じゃない? ざんす男がライトアップされたみたいだし…」
「あいつ、よう光りよんねん。エンターテイメントに徹しとるんやろ」
「レディース&ジェントルメン!」
トニー渓の声が響く。
「今、何かあったざんすか? ミーには何も見えなかったざんす」
選手一同、大きく首を振り、拍手が起こった。
「サンキューべリマッチの、アイブラユー! じゃあ、第6戦、続けるざんすよ!」

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