この物語はすべてフィクションです。
第六十三話 勝負とルールのこと
「太児、来てたのか~。ビックリしたぜ」
選手控えコーナーにいた太児に、コートから退場してきたヒロが声をかけた。
「ぼくもビックリですよう。ヒロさん、常連選手なんですか?」
「いや~、2回目だ。ざんすざんすの変なオッサンに誘われてさあ。相手にケガをさせない武術大会だって言うから、興味が湧いてな」
「ぼくも、その人に公園でいきなり絡まれて、合格したとかで、よくわからないまま来たんですよ」
「たいしたもんだな。ここに出ている連中は、相当な使い手ばかりだぜ。でも一般的な試合や競技に向かない修行をしていて、表舞台に出ることがないんだな。そういうのを集めているらしい。けっこう面白いぜ」
「まさか、ヒロさんが武術大会に出るなんて思ってもみませんでしたよ」
「俺もだよ~」
「じゃあ、そんなに怪しい大会でもなかったんだなあ」と拳二。
安心したような拳二に、ヒロが言った。
「いや、怪しいぜ」
「えっ?」
「選手も怪しいが、主催者のトニー谷が何者かわからねえ。金儲けにもなってなさそうだしな。どうも日本人じゃないような気もするんだよなあ。俺も日本国籍じゃないけど」
「ええっ、メガネ出っ歯で、昭和の典型的日本人サラリーマンってかんじですけど?」
「トニーだからアメリカ人じゃないの? 英語喋ってるし!」
「あれが英語かねえ? それにお前ら、昭和なんて知らないだろう…。それより次の試合が始まるぜ、話はあとだ」
ヒロが第3コートを指さした。
「えっ、もう美鈴の出番?」
「レディースアンドジェントルメン! 第二戦、はじめるざんすー!」
トニー谷の甲高い声がコロシアムに響き渡ると、場内が一瞬、静まった。
白線を引かれた四角いコートには、美鈴と、対戦相手の西森浩之が立っている。
「浩之じゃない。あんた、こんな大会に出てたの?」
美鈴が眉をひそめて言う。
「美鈴じゃないか。おまえこそ、なんでこんなところに? 武術なんかできるのか?」
西森浩之が、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
浩之は、中学生時代、美鈴と生徒会会長選挙で争った仲だ。
成績優秀で、スポーツマン。合理主義の皮肉屋だ。
美鈴も成績優秀、バスケットボール部で活躍していたが、直情的で性格は正反対だ。
浩之が会長、美鈴は副会長になったが、二人の意見はロクに合わず、生徒会の成果は何もなかった。
「できるかどうかは…」
美鈴はゆっくりと構えを取る。
「やってみなきゃ、わからないでしょ?」
「ふん、論理破綻の典型例だな」
浩之がにやりと笑った。
「不確定な要素に賭ける時点で、すでに戦術としては破綻している。お前の敗北は、確定だ」
「ごちゃごちゃうるさいわね」
美鈴が雲手の動きで浩之に近寄った。その足取りは軽く、舞うようだ。バスケットボールのドリブルのようにも見える。
「なんだそれ、太極拳か?」
「そうよ、あんたのは何よ」
「敵に手の内をバラすわけがないだろう。相変わらず、短絡的思考だな」
「人には言わせておいて、自分は隠すなんて、相変わらず卑怯ね」
「それはお前の感想ですよね。こういうのは卑怯じゃなく、兵法っていうのさ」
美鈴の雲手が伸び、左右からビンタのように浩之を狙う。
しかし浩之は、パパパパッと、すべての攻撃をはたき落とした。
「そんなスローな攻撃は当たらないな。俺の攻撃がかわせるかな?」
いうなり、浩之のまっすぐな連続パンチが美鈴に迫る。
美鈴は、仰け反りながらも巧みなフットワークでギリギリかわすが、近寄ろうとすると、下から斧のような蹴りがまっすぐに飛んできて、反撃ができない。
「フフッ。お前のようなフワフワした中途半端な武術など、この俺の合理的実戦武術の前には、まるで及ばない」
美鈴は、横から回りこもうとするが、直線的な上下からの攻撃に隙が見いだせず、振りまわされてしまっている。
「型が崩れてガタガタだな。ハッハッハ」
美鈴がぐらッとよろめいた瞬間、浩之の掌が美鈴の頬を叩き、足が美鈴の足を刈り、どうと美鈴は転倒した。
東山先生が、つぶやく。
「型がガタガタ…。あやつ、やるのう。あれは詠春拳(えいしゅんけん)じゃな…」
「えいしゅんけん…知らないですね」
「伝説のカンフースター、ブルース・リーが学んでいたことで有名になった武術じゃ。映画じゃ派手な立ち回りをしていたブルース・リーも、元来はコンパクトな武術を極めていたのじゃ」
「間合いがすごく近いみたい…」
「同じ間合いの太極拳にとっては、脅威じゃな」
浩之はゆうゆうと、コーナーに下がる。
美鈴は倒れたまま、浩之をキッと睨みつけた。
「あんた、女の子を殴ったわね! 最低ね!!」
「これは武術の大会だからな。自ら望んで出場した者に、男女は関係ない。はい、論破」
「何を屁理屈こねてんのよ。許せないわ!」
「ふふん、感情に任せているようでは、勝ち目はないな」
美鈴は立ち上がり、半身になって構えた。
浩之が言う。
「勝負は自己申告だ。俺の勝ち」
「勝手に勝利宣言するんじゃないわよ。まだ終わってないわよ!」
美鈴がふたたび、細やかな足運びで、浩之に近づく
「じゃあ、完膚なきまでに叩きのめしてやるまでだ!」
バババババッと、浩之の拳が繰り出され、美鈴は受けるのに精いっぱいだ。
拳を受け流しつつ、足を浩之の股下に差し込み、肩で体当たりを狙ったが、さっと躱され、美鈴はまたしても地面に転がった。
「ハハハッ、何度やっても同じだな」
「許せない!」
「許せないのは自分の下手さ加減だろ。はい、論破」
「うっきー!!」
美鈴は浩之の目の前で大きく飛びあがった。
「ダンクシュート!!」
おもわず上を見上げた浩之の鼻柱を、美鈴の拳が、あたかも金槌が釘を打つように叩きつけた。
ブシューッ!
鼻血が舞い、浩之は尻もちをついた。
浩之は、後ろにゴロゴロと回転し、立ち上がり、サッと構えなおす。
「うへっ、油断した。ヒステリー女は何をするかわからんな。もう容赦しねえ!」
ところが、美鈴は構えを解き、浩之の顔を指さして言った。
「あんた血まみれよ。怪我をさせたら失格だったわね。私の反則負けでいいわ」
「いや、ちょっと待て、まだ終わってない」
「いーえ。ルールにより、あんたの勝ち。よかったわね。女の子殴って、女に殴られて血まみれになって、あーよかったよかった、おめでとう」
「いや、ちょっと待て、こんなの怪我のうちに入らん、まだできる」
「いーえ、終わり終わり、あんたの勝ち。はい、論破」
「いや、勝ってない~!」
叫ぶ浩之を後に、美鈴はコートを退場した。
「うーむ、勝負に負けて、メンタルで負かしたのう…」
「なんだか、スッキリしない泥仕合だったなあ…」
「美鈴がケガしなくて良かったけど」
「勝った方がかわいそうな気がするぜ」
トニー谷の声がスピーカーから響いた。
「第3コート、勝者なしざんす」
ボードには美鈴の欄に「失格」とだけ記載された。

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