小説「太児」第六十一話

この物語はすべてフィクションです。

第六十一話 天下一武道会のこと

朝、駅に向かって歩きながら、太児は拳二に聞いた。

「少林寺拳法部はどう?」

「歓迎してもらっているけど、高校から始めた先輩がほとんどで、黒帯の俺は、なんだか居心地悪い感じ」

「気を遣うね…」

「まあなあ。新入生らしく大人しくしているけど、乱捕りの練習なんかはやりにくいな…」

拳二らしくなく、戸惑っているようだ。

「何言ってんのよ」と美鈴。

「アドバンテージがあるんじゃない! リーダーの責任があるってことよ。拳ちゃん、クラブを仕切っちゃいなさいよ」

「俺、お前ほど厚かましくないよ。それに、武道系だぞ。生意気な新入生は先輩にシバキあげられるかもしれないじゃないか」

「バカねえ。うちは進学校なのよ。そんなレベルの低い生徒が集まってるわけないでしょ。とりあえず、一年生のリーダーにはなっておくのよ。ゆくゆくはキャプテン。生徒会と武道系クラブとのパイプ役になってもらうわ」

「お前、生徒会長にでもなるつもり?」

「当たり前でしょ。まずは足元を固めて、人脈を広げておいて、ゆくゆくは政界に打って出て、日本の何番目かの女性総理になって、強い日本にしていくのよ」

「うひゃあ。壮大な計画。ついていけるかなあ」

「ついてらっしゃい! 太児はどうなの? 地味に一人練習しているだけ?」

「この前、裏武術交流会とかに誘われたよ」

「なによ、その怪しいの」

「よくわからないけど、今度の日曜日に下山公園に行ってみるよ。東山先生も、面白そうだから行ってみるって」

「へー、俺も行ってみよう!」

「ぼくは合格したから招待されたらしいんだけど、一緒に行っていいのかな」

「公園に行くのに合格も不合格もないでしょ。私も行くわ」

「えええーっ、何があるか、わからないよ?」

「だから行くんじゃないの。思わぬ人脈ができるかもしれないわ」

「反社会的人脈だったらどうするんだよ」

「その時は、晶ちゃんのパパに出て来てもらうわ」

「うへー。人使い荒ええ」

ふたつ目の駅で、伊東道戒が電車に乗ってきた。

「ああ、みなさん、おはようございます」

「ねえ、道戒君、お寺さんも反社会的勢力とはつきあわないの?」

「はて、いきなりなんですか? …最近は反社関係者の墓地使用や檀家登録はお断りの傾向にありますが…。葬儀会社も受け付けませんし。暴力団排除条例がありますからね。お寺もコンプライアンスです」

「そうなのね」

「そりゃそうだ。ヤクザと坊さんじゃ、真逆だろ」

「しかしですね…。仏の教えに縁起(えんぎ)があります。一切のものは縁によって生じ、縁によって滅します。縁には善縁(ぜんえん)悪縁(あくえん)がありますが、相互依存であり、独立して存在するものはないのです」

「さっぱりわからねえ」と拳二。

「拳ちゃん、少林寺拳法で仏教の勉強してるんでしょ」と美鈴が笑う。

太児が聞いた。

「それって、陰陽ってこと?」

「そうです。善悪は絶対的なものではなく、相対的です。完全な悪、完全な善はないのです。大善は大悪でもあります。すなわち善悪は変化します。極道が仏門に入った例はいくらでもあります。善悪を分けようとする心は執着であり、道から離れるもとです。戦争は、正義対正義の争いです。執着を手放すことが、解脱であり、涅槃寂静なのです」

「じゃあ、私も裏武術交流会に行ってみるわ!」

「えっ、どうしてその流れ?」

「はて、何のことですか?」

「夜の遊園地に裏の武術家が集まって、ルール無用のトーナメントがあって、生き残ったら1000万円ゲットできるそうなのよ」

「えっ、そんな話だったっけ?」

「それは興味深い。私も参りましょう」

「ええっ、道戒くん、武術に興味あるの?」

「いえ、誰か亡くなられましたらお経をあげようと思いまして」

「ズコッ」

 

日曜日。薄暗くなってきた下山公園。

最寄りの駅前のコンビニ前に太児、拳二、美鈴、道戒が集まっていた。

そこに東山先生が合流。

「なんじゃ、ずいぶん大人数になったのう」

「はじめまして。伊東道戒と申します」

「あれ、ずいぶん礼儀正しいお友達じゃの…。わしは東山と申します。太極拳の指導を生業としとったが、今はボチボチ好きなようにのんびりしとるジジイじゃ」

「よろしくお願いいたします」

「うむ、何をよろしくか、ワシも良くわからんのじゃが。とにかく行ってみよう」

公園に入っていくと、奥の方の広場から、コーホー、ハアア~と息吹の音が聞こえてくる。

うすボンヤリと照明のついたグランドに、人が集まっているようだった。

「なんだろうな…やっぱり怪しい」

と拳二がつぶやく。

「なにか、怖いね…」と美鈴は太児の後ろに隠れるようについてくる。

伊東道戒は数珠を取り出した。

ざわざわと声が聞こえてくる。

「うーむ。この雰囲気、なんとなく懐かしいような…」と東山先生。

「一行三昧(いちぎょうざんまい)な雰囲気を感じます」と道戒。

「なんだか、美味しそうなにおいがするんだけど…」と太児。

「タコヤキだな」と拳二。

パッと、ナイター用の照明がつき、明るくなった。

「レディース&ジェントルメン&おとっつあんおっかさん、グッドイーブニングおこんばんは。ディスイズ、トニー谷と申します。ただいまより恒例の天下一武道会の開催ざんす~!」

グランドには、道着を着たもの、グローブを嵌めた者、レオタードを着たもの、まちまちのコスチュームの人たちがいる。

「ミスター太児、来たざんすね。エントリーはミーが済ましてるざんす。こっちのシートに座るざんす」

太児一行が、おそるおそる入っていく。

「なんざんすか、このご一行は。ギャラリーざんすか。見物客は、入場料1000円にワンドリンク500円ざんす」

「俺も出場する!」と拳二が叫んだ。

「私も出るわ!」と美鈴。

「飛び入りざんすか? お嬢ちゃんも? グレート!! でも、参加には審査があるんざんす。こちらで書類審査をうけてパスしたら、エントリフィー3000円ざんす」

「えっ、金とるの?」

「運営費ざんす。ユー達は学生? じゃあ、学割で2000円。スポーツ障害保険料込みざんす。あ、ミスター太児はご招待だからタダざんすよ」

「ワシも出てみようかな」

「ジジイに出る幕はないざんす。…って、ユーは陵森公園にいた太極ジジイざんすね…、面白いざんす、自ら出向いてこようとは…。ユーは無審査パスざんす。でも、3000円。そっちの抹香臭いユーは?」

「私は見学でお願いいたします」

「じゃあ1500円」

エントリーをすませた選手たちが、勢ぞろいした。

拳二と美鈴も合格したらしく、列に並ぶ。

「書類審査って、何だったの?」

「二択問題が30問ほどあっただけだよ。5万円入りの財布が落ちていたら、交番に届ける?もらっておく? クルマを運転していて、水たまりの水を通行人にぶっかけてしまったら、無視して行き過ぎる?止まって謝る?  レストランで注文を間違えられたら、笑って食べる? 怒って怒鳴る? 親友が犯罪行為を打ち明けてきたら、通報する? つけ込む? みたいなのがズラズラと」

「引っ掛けクイズ?」

「考え込むような問題もないし、なんだ?ってかんじだったわね」

会場のざわざわが静かになった。

「アッテンションプリーズ! 大会ルールを説明するざんすよ!」

トニー谷の甲高い声が響いた。

「おかげさまで今回も満員御礼ざんす! 出場コートと組み合わせは、こっちのボードに書いてあるんで、確認するざんす。トーナメントじゃないざんすよ。勝ち負けは、次の試合に影響しないざんす」

ライトに照らされた大きなボードに、選手名が書き込まれている。

「それじゃ、天下一武道会にならないじゃん…」と拳二。

「打撃も投げ技もなんでもあり、武器の使用も可、禁止事項は一つだけ。相手に怪我をさせたら失格ざんす! よござんすね!」

トニーが、ぐるりと選手たちを見渡す。

「試合時間は10分。勝敗の判定は、自己申告ざんす! 審判はいないざんすよ! ユーのプライドが審判ざんす!」

太児は、なんと変わったルールだと思ったが、会場の選手たちには驚いた風もない。常連達なのだろう。

「つまり、徳の有る者しか参加できんってことじゃな…」

東山先生が、ニヤリと笑った。

「しかも、相当な実力がないと無理な芸当じゃよ」

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