この物語はすべてフィクションです。
第三十八話 庵天先生とヒロさんの対決のこと
「ふむ…きてたのか」
低く落ち着いた声が、松林の奥から響いた。
太児とヒロが振り向くと、庵天先生が涼しい顔で立っていた。
「先生!」
太児はぱっと表情を明るくしたが、ヒロはニヤリと口元を上げた。
「よう、庵天。相変わらず気配を消すのがうまいな」
「別に消してないが…。ヒロ、また妙な武器を持ち歩いてるのか。俺の弟子に変なことを教えるなよ」
庵天先生はため息をつきながらも、どこか楽しげだ。
二人は、旧知の仲らしい。
「先生、ヒーローさん、暗器とか作ってて、すごいんです!」
太児が言うと、庵天先生は「ふむ」とうなずいた。
「暗器は確かに面白いが、太児にはまだ早いよ。修行には順番がある」
「まあ、最終兵器ってところだな」
ヒロが挑発するように肩をすくめた。
「どうだ、庵天。軽く手合わせでも…」
その瞬間、松の枝がふわりと揺れた。
風はほとんど吹いていない。
二人が立つ間合いの空気が、ピンと張り詰めた。
太児は息をのむ。
庵天先生が、一歩、歩み寄る。
ヒロも、一歩。
どちらも構えていない。
だが、すでに始まっている。
言葉ではなく、気配の応酬…。
ヒロが、指を伸ばした。
黒い苦無が、まっすぐに飛ぶ。
スッ。
庵天先生の体がわずかに横に揺れ、苦無は庵天先生の脇の下をすり抜ける。
苦無が地面に落ちそうになったところで、ヒロが指を返す。
紐がピンと張り、苦無が、地面スレスレに、庵天先生の足をめがけて鋭く引き返した。
庵天先生は片足を上げやり過ごす。
苦無はヒロの手に戻った。
「ちっ、やっぱり反応が早いな」
「お前も子どものころから変わらんな。表情でわかる」
二人は目を合わせ、ふっ、と同時に笑った。
「さて。せっかくだから、少し見ていろ」
庵天先生は太児に向かって言った。
「庵天、お前に見せたいものがいっぱいあるんだよ」
ヒロが、不気味にニヤッと笑った。
その笑みの裏には、子どものようなワクワクした気配があった。
「また新作でもあるのか…」
庵天先生が苦笑いをしている。
「まあまあ、見て驚けよ!」
ヒロはカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、カチャカチャッと金属が触れ合う音を鳴らしながら、奇妙な形の器具を取り出した。
「これはな、現代の科学技術を使った三節棍だ!」
ぱんっ、と軽く振ると、三本の棒が「パチン!」と連結し、ロボットが変形するように伸びた。
「おう? これは……」
庵天先生が少しだけ目を見開く。
ヒロが近寄りながら、ブンと振り回した。
スッ。
庵天先生は、ふわりと足を運び、金属の棍の軌跡を外した。
「やはり避けるのか。反応が速すぎるぞ」
「ただの棒じゃないか」
「ふっ、これはどうかな?」
バチン!と音が鳴り、棒が3つに分かれ、大きく伸びた。棒と棒の間は鎖でつながってる。
ヒロが、真ん中の棒を持つと、左右の二本の棒が、別々に自由自在に動いた。
「ふはは、ワンタッチで分割するんだよ。これはよけきれまい!」
しかし、庵天先生は、踏み込んで近寄り、一方を踏みつけ、一方をつかんでしまった。
「むむ、よくよけたな!」
「三節棍だって、先にバラすからだ」
「足をどけろよ。曲がるじゃないか」
「ヤワな武器だなあ」
ヒロが、棍から手を離すやいなや、
「次はコレだ!」
パッと手を広げると、黒いカードのような物体が三枚並んだ。
「……トランプ?」
太児がつい声をあげる。
「花札だ! 猪鹿蝶攻撃!」
ヒロがカードを弾くと、3枚が横に広がって飛び、そのうち一枚が、プツッと、庵天先生の服の袖に刺さった。
太児は息を飲む。
「ほほっ。蝶が当たったぞ!」
「ふむ…この距離から飛び道具か。意表を突くいい攻撃だ。当たってないけどな」
庵天先生は袖を振ると、カードが縦に回転し、ヒロの股を通り抜けて、地面に突き刺さった。
ヒロは、おおっと、飛び跳ねて、後ろに下がった。
「…狙ったな」
「…外したんだよ」
ヒロは手首に巻かれたバンドを引くと、細いワイヤーが前方の上空に向かってヒュッと伸びた。先端には小さな鈎(かぎ)がついている。
鈎が木の枝に引っかかった瞬間、ヒロが飛び上がった。
「これは画期的だぞ。瞬間移動で後ろに回り込んで攻撃できる…あれっ?」
ヒロが飛んだ先に庵天先生はいない。ワイヤーを引っ掛けた木の上にいた。
ヒロが前に飛ぶのと同時に、庵天先生は真上に飛び上がったのだ。
「ルパンやコナンも使う古典的な道具だな」
庵天先生が、ワイヤーを引っ張るとヒロが宙ぶらりんになる。
「いっててて! 腕がとれる!」
庵天先生は手を放して言った。
「敵に利用されるようではなあ…」
ヒロはワイヤーを巻き直しながら、大きくうなずく。
「さすがだな、庵天。どれも初見のはずなのに、全部いなしてくるとは……」
「流れと意図が読めれば十分だ」
淡々と話す庵天先生が、誇らしげに思えた。
ヒロは、まっすぐに立ち、頭をかきながら笑った。
「参ったね。まったく歯が立たん。これで何連敗だか」
「400戦無敗だ」
「お前に教わる弟子はラッキーだよ」
ヒロが太児の方を、チラッと見て、ニッコリ笑った。
「まあな」
庵天先生もニヤリと笑う。
太児はこの一言を聞いて、嬉しくなった。

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