この物語はすべてフィクションです。
第七十一話 トニー渓、七星会を明かし 珠が四つ揃うこと
大会のプログラムはすべて終了し、打ち上げの懇親会となった。
試合会場にはテーブルや椅子が並べられ、パーティー会場に早変わり。
テツは屋台を会場に引き入れ、ビールを並べてホルモンを焼き始めた。会場に焼き肉のいい匂いが充満する。
「寿司もピザもワインも焼酎もあるざんす。楽しむざんすよ」
トニー渓のアナウンスが流れる。
スリリングな技の応酬を交わしていた者たちが、今は大笑いしながら歓談している。
「流星捶の人、どうなったんだろうね?」
小声で太児と拳二がささやく。
隣のテーブルにいた八極拳使いの阿形が、指を口に当て「シッ」と言った。
「俺たちは何も見ていない。詮索しない方がいい。少なくともこの場ではね…」
「は、はい…」
「それより武術の話をしようよ。君たち高校生かい? すごいね」
「いえ、まあ、はい…」
「えへん。こいつらの師匠はこの俺様。小学生の頃から武芸百般、鍛え上げてきたのさ」
ヒロが話に割り込んできた。
「えっ、そうだった??」
そういう拳二に、ヒロが片目をつむり「シッ」と言った。
「ここで庵天のことは話すな…」と小声でささやく。
どういうことかわからない。
「うむ、そしてわしは、こやつらのエンタメの師匠じゃ」
東山先生が割り込んでくる。
「えっ、そうだった??」
「ワシ伝授の話術で、女子にモテモテじゃろうが」
「女子って…」
太児は公園の御婦人方を思い浮かべた。
「いや、そこにもおろうが」
東山先生が指さす方には美鈴がいる。
「はっ、太児が口下手で頼んないから、面倒見てあげてんのよ。モテてない!」
「そうでしたっけ…」
テツがホルモン焼きの皿を、太児達のテーブルに運んできた。
「太児は先生にも仲間にも恵まれとるで。人徳やなあ」
「テツさん、ありがとう。ところで、ここのお代はいらないのかなあ?」
「主催者持ちやがな。心配せんでええ」
「ええーっ、あんなエントリー代で足りるのかな?」
「金持ちのやるこっちゃ。心配せんでええ」
席には入れ代わり立ち代わり、いろんな人たちが訪れ、声をかけてくる。東山先生は参加者たちにも知られていたようで、懐かしそうに話す姿も見られた。
ヒロは武器使い達にオリジナル武器を得意げに披露している。
「エクスキューズミー、ミスター太児」
縁もたけなわ、皆がほろ酔い気分で、隣りの話など聞こえなくなったころ、トニー渓が太児に声をかけてきた。
「は、はい?」
太児は慌てて立ち上がる。トニー渓は相変わらず陽気な笑顔だが、その目だけは妙に真剣だった。
「今日の試合、ベリーグッドざんす。若いのに見事ざんすよ」
「いや、そんな……」
太児は頭をかく。
トニー渓は少し声を落とした。
「ユーに内緒話があるざんす」
「え?」
「この大会には、いろんな武術家が集まるざんす。強い人も、変わった人も……。だいたいは純粋に自分の技を試したい人ざんす。だけど、時々そうでない者が混じってくるざんす」
太児はふと、拳二と目を合わせる。
さっき話していた「流星捶の人」のことが頭をよぎった。
トニー渓はグラスのワインをくるくる回しながら続ける。
「ユーを呼んだのには理由があるざんす」
トニー渓が静かに言った。
「ユーがマスター庵天の弟子だからざんす」
太児の表情が固まる。
「…え?」
「ユーのことは調べてあるざんす」
トニーは胸ポケットから、小さな珠を取り出した。
古い木の玉。
「これは礼の珠ざんす」
玉を返すと、「礼」の文字が見えた。
太児は息をのむ。
「ユーも持っているざんすね?」
太児は無意識にポケットを押さえた。
トニーはニヤリと笑う。
「安心するざんす。敵じゃないざんす」
そして声を落とした。
「仲間ざんすよ」
「へ、仲間?」
「七星会ざんす」
「?」
「知らないざんすか?」
「あまり社会の成績は良くなくて…」
「教科書に載っているような話じゃないざんす」
トニーは周囲を見渡し、誰も聞いていないことを確認し、低い声で言った。
「僕はね、北京大学の学生だった…」
笑顔が消える。
「戦車の前に立ったこともある。知ってるかい? 天安門事件」
「教科書に載ってたかも…」
ざんす口調が消えたトニーに、太児が少しとまどう。
「教科書ね…。1989年、中国の北京で学生や市民が民主化を求めて天安門広場に集まりました。政府は軍隊を動員してこれを武力で鎮圧しました…くらいの記述だっただろう」
太児がこっくりとうなずく。
「仲間が大勢むごたらしく殺された。僕はアメリカへ逃げた」
しばらく沈黙。
「命からがらざんす」
太児はどう切り返していいのかわからない。東山先生ならしゃれた言葉で会話を繋げるのだろうか。
「生きて逃げ延びた仲間が結束して、民主化運動を続けることにした。それが七星会」
しばし沈黙。
「幸いにも僕はビジネスの才能があった。華僑ネットワークの支えもあり、商売が成功して活動資金を調達できるようになった。この大会も七星会が出資している。スポーツ選手ではない本物の武術家を集めている。人脈作りのためと、武術界の敵味方の分別のためだ」
トニー渓は再び周囲をぐるりと見渡した。
「僕は狙われている。C国政府が民主化運動を許すはずがない。日本にも、中国の秘密警察が入り込んで、反共思想を持つ中国人を片っ端から捕まえている。捕まえるのが難しければ、暗殺だ」
トニー渓がグラスを指さす。
「このワインは、ノンアルコール。僕は酔っぱらうこともできない」
さらに声を潜めて言った。
「田英海と名乗った流星捶の男は、日本に送り込まれた中国警察の警官だ。情報操作でも破壊工作でも暗殺でもなんでもやる。今、七星会の地下施設に監禁している」
トニーが足を組み替えた。
「以前、七星会が立ち上がったばかりの頃、日本で生まれた僕の息子がC国の工作員に誘拐されたことがある。助けてくれたのが日本を拠点とする秘密組織「連環」だ。そのときのエージェントが庵天、つまり君の師匠だ」
「えっ」
太児が小さく声を上げた。
「七星会と連環は共通の思いがある。七星会はC国の民主化。連環は日本の自立だ。ともに世界平和を願っている」
「庵天先生と君の父親。その二人を、七星会も追っている」
「えっ…!」
太児の心臓が跳ねた。
トニーはグラスを置いた。
「台湾から香港、そして大陸へ向かったようだ」
太児の時間が止まった。
「世が乱れるとき、とある武術の里に伝わる七つの珠が、不思議な力を発揮し、革命が起きるとの伝承がある。二人は珠の行方を探っている。七つの珠のうち二つが今ここにある」
トニー渓が「礼」の珠を持ち上げ、そして、太児のポケットを指さした。
太児はポケットに入れた手に力を込めた。
「…もう一個はここや」
土手焼きの皿を持ってきたテツが、腹巻の中から袋を取り出した。
「義」の文字が見えた。
「えっ? ええーっ?」
「春子はんから、ワシが持っとくように言われたんや。それが一番ええんやと。売ったらアカンって、せんど言われたわ」
「春子さんから?」
「せや。春子はんからも、話を聞いたらええ」
春子は庵天先生の奥さんだ。庵天先生がいなくなってからも、時々は拳二達とアパートに遊びに行っている。春子さんも庵天先生がいなくなって寂しいだろう。
「ふふっ。ここにいるわよ」
「ええええーっ?」
パーティー会場の女性スタッフのユニフォームを着て、ヤキソバ大盛りを持ってきたのは、春子だった。
春子が首にかけていたペンダントを見せる。
「智」と書かれた木の珠だった。
春子とトニー渓が目を合わせ、ニコッと笑った。
「役者がそろったざんす」
会場ではゲラゲラと酔っ払いの笑い声が響いている。
ホルモンの匂いが漂う。
「太児」
トニーが真剣な目で言った。
「覚悟はあるか?」
「えっ、なんの?」
「先生と父親と、残りの珠を探す覚悟だ」
「え、あ、あの、うん…」
太児は、頭がグルグルした。
「フフフ。今は楽しむざんす」
そう言うと、マイクを手に取り、陽気に叫んだ。
「レディース&ジェントルメン! まだまだビールはあるざんすよー!」
会場がどっと沸いた。

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