小説「太児」第六十五話

唐突ですが、トニー谷の名前を改めます。

フィクションだし、往年のコメディアンってことで、別にいいような気もしますが、思いついた今後の展開は、ちょっと危ない方向に走ってまいりますもんで、関係者各位にご迷惑が掛かってもいけないなーと思いまして。

悪者キャラクターにするわけでなく、むしろリスペクト方向にもっていくつもりですが、色々政治的なアレとか入れようと思ってまして、万が一、この小説がブレイクしてベストセラーになることを想定してのリスク回避です。

拳児に出てくるトニー譚でもいいかな、と思ったのですが、キャラクターが違いすぎるし、あちらもモデルがいるってことだし…と、いい名前はないかと、チャットGPT先生に相談して、提案いただいた候補から、トニー渓(けい)を採用いたしました。

がちょーん!

(また違うキャラクター要素が入ってしまった)

第六十五話 東山先生の黒歴史と実力のこと

選手控えスペースに、トニー渓がひょっこり顔を出した。

「ミスター東山。次はユーの出番ざんす。本来ならメインイベントにしたいくらいざんすが、ユーの栄光を知る者も、もういないざんしょ」

「ん? ワシを知っとるのか」

「達人を求めて世界中渡り歩いてるミーざんすよ。ユーの黒歴史も知ってるざんす」

「なにっ! ワシの黒歴史じゃと!」

東山先生の顔が青ざめた。

「えっ、先生の過去にいったい何が?」

太児が思わず声を上げると、東山先生が、声を震わせながらつぶやく。

「これだけは墓場に持っていこうと思っとったが…」

太児がゴクリとつばを飲む。

「…あれは、ワシがまだ血気盛んで…髪も黒々していた頃…」

「ゴクリ」

「テレビ番組に出た…」

「ゴクリゴクリ」

東村先生が、あたりを見渡し、低い声で言う。

「…素人名人会で漫談をしたら、鐘が一つしかならんかったのじゃ…」

数秒の静寂。

隣にいた、年老いた男が突然振り向き、持った湯飲みをバッタと落とした。

「あ、あれは、おたくさんでしたんか…!」

「むむっ、あなた様はあの日の司会者、浜村淳二、ここであったが百年目!」

「えっ、先生、何を?」

「サイン、くだされい!」

東山先生が差し出す色紙とマジックインキを見て、浜村淳二は小膝叩いてにっこり笑い、サラサラと良く読めないサインを書いた。

「ありがとう浜村淳二…ワシの黒歴史は、今、栄光の瞬間に変わった。陰極まりて陽になるとはこのことじゃ」

恍惚とした表情になる。

「ガチョーン!! ちがうざんす!!!」

トニー渓がコメカミに青筋を立てている。

「ちがうのかい?」

「ユーが、表舞台から消えたきっかけざんす!」

「ああ、あれかい」

東村先生が昔を語った。

「しょうもない話じゃ。実はのー、わし、人に大怪我させたことがあるんじゃ。新年会の後で酔っ払っとっての。絡んできた奴をテキトーにあしらうつもりが、なんの力も入れてなかったんじゃが、10メートルすっとんで、二階から転げ落ちてのう。救急車やらパトカーやら出てきて、大ごとになったんじゃ。それ以来、知らんもんとは推手はできんようになった。こわくてのう」

「そんなことがあったんですね」

「そもそも太極拳が推手の元祖のはずじゃが、太極拳をしている者が、ロクに取り組まん。他の武術をやっている者が興味を持つんじゃが、中途半端にかじった者が、ワシをターゲットに挑戦してきたりして、キリがないし、危ないし、アホらしくなって、引退したんじゃ。じゃが、こういう流派問わずの遊びみたいな大会には興味あるのう」

トニー渓がいう。

「まさか、ユーが来るとは思わなかったざんす。ここの猛者ども相手に、どう立ち回るのか楽しませてもらうざんす」

本部席に戻ったトニー渓が声を張り上げた。

「さて、みなさん…じゃなくて、レディースアンドジェントルメン! 第4試合の始まりざんす!」

東山先生がベンチから立ち上がり、のんびりコートに向かう。

「そんじゃ、ちょっくら遊ばしてもらおうかの」

まるでボウリングのレーンに向かうかのような足取りだ。

コートの向こう側に立つ対戦相手は、体重100㎏を超えていそうな、重心の低い、いかにも武術家体型の中年男だ。柔道着に帯を締めている。

「形意拳です」

「太極拳じゃ」

東山先生が無造作に右手の甲を相手に向けて差し出した。

つられるように、相手も手を差し出す。

「よろしくお願いします」

「うむ。怪我せんようにな」

お互いの手首を合わせることを搭手(とうしゅ)という。中国武術の伝統的な試合開始のスタイルだ。

吸い付いたような二人だが、そのまま動かない。

東山先生は、柔らかい表情のまま、静かに立っている。

形意拳を名乗った男の額に汗が流れた。

一瞬ゆらり、と揺れたが、すぐにおさまる。

静寂だ。

観客席からは、テツ、美鈴、道戒が小声で批評をしている。

「なんや、オッサン、動けへんやんけ」

「寝ちゃったのかしら」

「空ですね」

コートの脇には、太児と拳二。

「化勁…ほとんど見えないけど…」と太児。

「打っていったら…飛ばされるな…」と拳二。

10秒経った。

「…参りました」

口を開いたのは、形意拳の男だった。

場内がざわっと揺れる。

「勝者、ミスター東山ざんす」

会場のあちらこちらから、ふーっとため息が漏れる。

両者、搭手を解き、両手で握手を交わし、にこやかに退場する。

「こんなん、腹も減らへんやんけ」

テツがつぶやいた。

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