小説「太児」第七十四話

この物語はすべてフィクションです。

第七十四話 美鈴、国史を正さんとして浩之が合理で会長になるのこと

太児達が中学3年生になったときのこと。

庵天先生のアパートの合宿で、ぼたん鍋を食べながら、美鈴が言った。

「私、生徒会長になるわよ」

「ええーっ、まじ!」

と、拳二が驚く。

「大人になったら私、総理大臣になるわ。そのために今から、選挙とか政治とか、生きた勉強を積むのよ」

「総理大臣になって何やんのん」と晶。

「日本列島を、強く豊かに」

「おおっ、すげえ!」と拳二。

「その第一歩が生徒会長なんだね。壮大な計画!」と太児。

「生徒会長になって、なにやんのん」と晶。

「とりあえず、歴史の教科書を入れ替えることを公約にするわ」

「ええっ、そんなこと、できるの!?」と太児。

「というか、なんで?」拳二。

「うちの学校で使っている日本の歴史の教科書、あれ変よ。ちゃんとした教科書に入れ替える」

「何が変なん?」と晶。

その質問に、美鈴が問い返す。

「日本史って、どこから始まったと思う?」

「石器時代?」

「石器時代は歴史じゃなくて、考古学よ。うちの学校の日本史の教科書は、縄文時代弥生時代の考古学からいきなり、いたかどうかもわからない卑弥呼にとぶの。そして、そこから200年とんで奈良時代よ。仁徳天皇や聖徳太子の時代ね。つながりがわからないわ」

「卑弥呼って、謎の人?」

「中国の文献、魏志倭人伝に出てくるだけ。日本の正史である日本書紀や古事記には出てこないのよ。卑弥呼神社も古墳もないし、日本人だったのか、疑わしいわ」

「そうなんだ!」

「それに仁徳天皇は、第16代目の天皇よ。初代からの歴代天皇が教科書に載ってなくて、卑弥呼が載ってるっておかしくない?」

「初代天皇も謎の人なの?」

「謎じゃないわよ。古事記や日本書紀には載ってるわ。初代天皇は神武天皇。その前は神話の時代」

「神話って、作り話だろ?」

美鈴は首を振った。

「違うわ。神話は国家の自己紹介よ。たいてい古い国の歴史は神話から始まるの。昔々からの言い伝えが歴史の始まり。歴史教科書には、それが載っていない。国の始まりを、学校で教わらないの、私たちは! 変じゃない?」

「教科書がそうなってるんだから、しょうがないじゃん」

「しょうがなくない! 始まりのわからない歴史を学んだって、国や民族を大切に思えるわけがないわ。日本人だってことに誇りを持てない」

「なんで、そんな風に思ったの?」

「私、交換留学に行ったの知ってるでしょ」

「あ、十日間ほど行ってたね」

「うらやましい」

「あっちの生徒達と自分の国を紹介し合ったの。私、日本のことを全然知らなくて、恥ずかしかったわ。こんなんじゃダメ。世界を股にかけてブイブイ言わせられるはずがないわ!」

「ブイブイ言わせるのかよ」

「そうよ! ブイブイする手始めに教科書を変えるの! あんたたちも、応援演説とかするのよ!」

「ええーっ、マジで!!」

晶にしても、美鈴にしても、女の子って強いなあと、感心してしまう太児だった。

「問題はね」

美鈴が言った。

「屁理屈男が出てくるのよ」

「屁理屈男?」

拳二が聞き返す。

「西森浩之。あいつ、嫌いなのよね」

太児は少し考える。

「誰だっけ」

「理屈で人をやり込めるタイプよ」

晶が笑う。

「ほな、頭ええんやな」

「そうなのよ。だから腹が立つの」

そこへ、台所から春子が湯のみを持ってきた。

「選挙にでるのね」

「そうよ。生徒会会長になるわ」

「すごいわね! がんばって!」

「教科書を変えるのが公約なの」

春子は、少し微笑んだ。

「それは無理ね」

「え?」

美鈴が驚く。

春子は静かにお茶を置いた。

「生徒会に、教科書を変える権限はないわよ」

拳二が肩をすくめた。

「まあ、そうだよな」

「そうかあ。残念だね」

「諦めたらアカン」

春子は続けた。

「権限はないけど、できることはあるわ」

「なに、どういうこと?」

「たとえば…生徒の声を集めて、副教材やデジタル教材の導入を学校に提案するとか、来年度採択に向けて意見書を提出するとか」

美鈴が息を呑む。

「……なるほど」

春子は言った。

「変えることはできなくても、声を届かせる生徒会ね」

「いいわね。それでいくわ!」

美鈴が、力強く言い切る。

「そやけど、うちらが使うには、間に合えへんやん」

「それはいいのよ。私たちの後輩たちからでも、日本についてちゃんと知ってほしいと思っているの」

「もしかしたら…教科書は無理でも、副教材や資料集、図書館の本やったら、うちらのおる間に導入されるかもしれへんな」

太児が感心する。

「なんだか政治みたいだね」

美鈴は笑った。

「そうよ。政治をするの」

 

そして選挙の立会演説会。

体育館に全校生徒が集まった。

壇上には、何人かの候補が立っていた。

「ただいまより、立会演説会を行います」

立候補者の名前が読み上げられ、一番手は、生徒会会長候補の西森浩之だった。

浩之は眼鏡を押し上げて、スピーチを始めた。

「皆さん、こんにちは。三年二組、西森浩之です」

候補者が緊張の面持ちで立っている中、笑顔でよどみなく話す。

「皆さんに一つ質問します。今の学校生活は、効率よく回っていると思いますか?」

生徒たちは、お互いの顔を見合わせたり、斜め上空を見上げたりして、考えている。

「行事の準備で、必要以上に時間を取られたこと。意味がよく分からない作業を、ただ習慣や伝統だからと続けていること。アンケートを取っても、結果がどこにも反映されないこと。そういう経験、あるでしょ?」

「うん、うん、あるある」と晶がつぶやく。

「こら、敵に同調するなよ」と拳二。

「でも、その通りかも…」と太児。

浩之が続ける。

「努力は、成果につながってこそ意味があると僕は思います。僕は、感情や慣習ではなく、合理的な仕組みで学校を良くする生徒会を目指します」

「まず一つ目。学校運営のデータ化です。授業や行事について、生徒の意見を集め、満足度や改善点を数値として整理します」

「二つ目。行事の効率化です。文化祭や体育祭の準備のために勉強時間や部活の時間が削られるのは本末転倒です。作業を整理し、無駄を減らし、短い時間で質の高い行事を実現します」

「三つ目。学校のデジタル化です。アンケートや連絡をオンライン化し、情報のデータを共有できる仕組みを作ります。探したり聞いたりする時間をカットして、合理化します」

「理念だけでは、学校は変わりません。必要なのは、合理的な制度と仕組みです。僕は、生徒会を、声を上げる場所から、学校を動かす組織に変えます。透明で、結果を出す生徒会へ」

「にしもりひろゆき、にしもりひろゆきに、清き一票をよろしくお願いいたします。ご清聴ありがとうございました」

嵐のような拍手が起こる。

「くそう。あいつは頭がいいぜ」

拳二が悔しがる。

次は美鈴だ。少し膝が震えている。

フーっと息を吐きだし、マイクに向かった。

「私は、日本の歴史を、きちんと学べる学校にしたいです」

生徒たちがざわつく。

「今の教科書では、ちゃんと日本の歴史は学べません。太平洋戦争で日本が負けた後、戦勝国によって、教科書が変えられたそうです。日本人が大切にしてきたことが、教えられなくなったんです」

「もちろん、その気になって勉強すれば、今の世の中いくらでも調べて、知ることはできますけど、子供が最初に学ぶのは学校です。学校で学んだことだけじゃ、外国の子供たちに自信を持って、日本のことを話せないんです。私は交換留学先で、悔しく悲しい思いをしました」

「自分の国を知らない子供を育てる学校でいいんですか?」

「私は本当は、教科書を変えたいと思ってるんです。でも、いきなりは無理なので、教科書の改善を提案する制度を作ったり、副教材やデジタル教材の導入を学校に提案します!」

生徒たちは、ぽかんとしている。

大きな拍手をする先生と、顔色が青ざめた先生がいる。

「ふっ、ワンイシューか…」

浩之がつぶやいて、小さく笑う。

拳二が応援演説に立つ。

「こいつ、めちゃくちゃ勉強してます!」

笑いが起きる。

太児も続く。

「美鈴は、本気で考えてます!」

晶は腕を組んで言った。

「やると決めたら、最後までやる女やで!」

拍手がチラホラと聞こえてきた。

投票が行われ、結果が掲示板に張り出された。

「会長 西森浩之」

美鈴は落選だった。

「書記くらいに立候補しとけば当選したかもなあ」

拳二が慰める。

「そうね。残念だったけど、政治はここからよ」

美鈴はあきらめない。

 

西森浩之の公約は、ある程度成果を出した。意味のないルールの見直しとのことで、髪型とスマホ使用の規制を緩和し、女子は髪の毛が肩にかかっても良くなり、スマホが昼休みに使えるようになった。

その結果、生徒たちからは絶大な支持を受け、半年後の選挙でも生徒会長に当選した。

美鈴は会長は避け、副会長に立候補し、当選した。

美鈴は言った。

「あんなしょうもないルール変更で生徒の御機嫌取りなんて、私が目指すところじゃないのよね。浩之とは気が合わないわ」

美鈴の公約だった副教材の導入案は、結局通らなかった。教科書も変わらない。

「結果は出なかった。でも…やれることからコツコツやるわ」

美鈴は令和書籍の「中学国史教科書」を自費で3冊購入し、学校の図書室に寄贈した。

太児は思った。

美鈴が国を動かす日が、本当に来るかもしれない。

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