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小説「太児」第七十五話

この物語はすべてフィクションです。

第七十五話 ヒロ、百般護身のこと、経験最強のこと

「いよう、太児、拳二、元気かあ~」

中学3年生の太児と拳二が、キャンプ場の公園で練習をしているところに、ヒロがやってきた。

「ギャルズは、このごろ一緒に練習してないのかい」

「ギャルズって、何時代だよ…。晶は、商売が忙しくって、美鈴は生徒会」

と、拳二が答える。

「お前らはヒマってわけか」

「ヒマじゃないよ。この後、少林寺拳法の道院があるし」

「太児は」

「ぼくは…ヒマなのかなあ。いや、でも、受験勉強もあるし、お母さんにピアノも習ってるよ」

「おう、ピアノまた聞かせてくれよ」

「いいけど…」

「受験は大丈夫なのかよ」

「こう見えても俺たち、成績いいんだぜ」

「春子さんに教えてもらってるんだよ」

「春子さん、すげえぜ。何でも知ってるもんなあ」

拳二が、なぜか得意げに言う。

「おお、春子さんか。庵天の嫁さんとは思えない才女だよな。っていうか、ありゃ諜報員の特殊能力だぜ」

「なんだ、ヒロさん、知ってたの」

「庵天と何年の付き合いだと思ってるんだ。俺も協力者の一員だよ」

「ええーっ、そうだったの?」

「たいした役でもないけどな。でも俺、春子さん、ちょっと苦手…っちゅうか…。太児の母ちゃんの方が、優しくていいよな」

「ええー、春子さんも優しいよ」

「お前たちにはわからんだろうなあ~」

ヒロは、ちょっと口ごもったが、気を取り直して太児に聞いた。

「まあいい。ところで、太極拳は習ってないのか?」

「東山先生と推手の練習はしているよ」

「お前の専門の陳氏太極拳は?」

「庵天先生がいないから誰にも習ってないよ」

「他の先生に習おうとは思わないのか?」

「そんな先生、いないもん。東山先生も、庵天先生に代われるような先生はいないっていうし」

「ふーん。それでいいのか?」

「先生が帰ってくるのを待ってるよ」

「けなげだなあ。よし、俺は太極拳はできないが、武器を使った護身術を教えてやる。庵天から色々教えるように頼まれてたんだ」

「えええ~~。怪しいのだろ~~」

「再現不可能な武器ばっかりだしね」

「そんなんばっかりじゃねえ! 身近な道具を使うんだ」

ヒロの講義と実習が始まった。

 

「まずは、考え方、マインドセットが大切だ」

ヒロが、レンガの花壇の上に腰かけ、あらたまって話し出した。

「お前たちは既に、そこそこの武術の腕を持っている。多少は自信もあるだろう。でもそれは、忘れろ。過信するな。執着するな。現場で同じ状況になることなんて、ない。常に初めての体験だ。まっさらな気持ちで取り組むんだ」

「太極拳でも同じようなことを習ったよ」と太児が口を挟む。

「そうか。さすが庵天。本物の武術はそういうもんだ。柔軟な頭が大事だな。身近なものでも武器になるし、突き詰めれば立派な武術になる。シャーロックホームズのステッキは武術だったと、もてはやされてる昨今だ」

「へえー」と拳二が感心する。

「だからって、ロンドンの探偵ルックで当時のステッキで練習したってしょうがない。シャーロックホームズは、普段使っているステッキを武器にしたわけだが、現代なら、コンビニのビニール傘だろうな」

「俺のはもうちょっと上等だよ」

「僕のも、ボタンを押したら勝手に開くやつ」

「くそう…お前らブルジョワだな…。まあいい、現代の武道や武術にしたって同じことが言える。お前たちも刀や剣の練習をしているだろうが、そんなの普段持ち歩いているか?」

「もってない…」

「昔の人が昔の道具で編み出した武術の形は、もちろん合理的で、人間の体を最大限に活用した素晴らしいものだ。学んで身につける意味はある」

太児がうなづく。

「しかし、それは現代の現場で、そのままでは使えない」

「そりゃそうだ」

「競技試合はあるが、ほんの一部分の技術の、腕比べをしているだけだ。ポイントを取るのがいくら上手くなっても、ゾンビに襲われたら役に立たない」

太児と拳二は、小学生の頃に、薬物中毒ゾンビ男に襲われたことを思い出した。

「護身術は、身を守ることであって、勝つことじゃない。逃げることも護身だ。だけど、自分だけ逃げればいいってもんじゃないってことは、わかってるだろう」

ふたりは深くうなづいた。

「だから、正々堂々とか、卑怯とか、正統じゃないとか、カッコ悪いとか、相手に悪いとか、危機に遭遇したら、そういった雑念は、一切、瞬間的に、頭から消す。使えるモノはなんでも武器だ。状況、環境、見えるものすべて、闘争か逃走に利用するんだ」

「とうそうかとうそう?」

「戦うにも逃げるにも何でも使えってことだ」

「なるほどねえ」

「身近なもので武器になりそうなものを、あげてみな」

太児と拳二が、思いつくまま、口に出してみる。

傘を剣にする。

カバンを盾にする。

懐中電灯やペンライトで眩しくする。

手拭いで目くらまし。

石を投げる。

水筒の水やコーヒーをぶっかける。

スパイクで蹴とばす。

箸やボールペンでつっつく。

自転車をぶつける。

彫刻刀でぶっ刺す。

「おいおい、だんだん物騒になってきたな。彫刻刀は、奪われたら自分が刺されかねないぞ…。今あげたのは、学校の行き帰りのイメージだな。家にいる時とか、マクドナルドでハンバーガーを食ってる時も考えてみな?」

「ぼくモス派」

「俺も」

「くそう…そこはどっちでもいい…」

「ん-と、ハンバーガーをぶつける」

「コップを投げる…って、紙コップじゃ威力がないかなあ」

「トレイの方が痛そう」

「椅子を振り回すってのは?」

「よしよし、今のは、強盗やキチガイが乱入してきた想定だな。外出先で危険に遭遇したら、他の人に助けを求めるのも、ひとつの方法だ。人も武器、ってことだな」

「そうか。一人で対抗しなくていいよね」

ヒロがうなづく。

「じゃあ、車が店に突っ込んできたとしたらどうだ」

「ええーっ、そんなのよけられないよ」

「運次第じゃんか!」

「そこだ」

ヒロがニヤリと笑った。

「危機が起こる前にあらかじめ、可能性を考えておくんだ。店の前の道路を見たら、車が突っ込んでくる可能性があるかどうか、わかるだろ。それで、どこに座るかが変わってくる」

「そうか。火事や地震もあるよね」

「そうだ。護身術は防災対策と同じだ。考え方が大事なんだ」

「そんなに対策し切れないよ」

「たしかに、細かいケース一つ一つ想定していたらきりがない。対策をいくら準備したって、その時に動けなきゃだめだ。いざってときは、体が勝手に動くようにマインドセットしておくんだ」

ヒロはさらに具体的に、道の歩き方、パニックの避け方、ヤバい人の見分け方などを、レクチャーしていった。

「今日の実習は…そうだなあ、受け身だな。お前たち、ある程度は受け身もできるだろうが、これもマインドセットしておこう。道場で上手に受け身ができるのと、本当に身を守る受け身じゃ質が違う」

「うへー、服が泥だらけになるんじゃ…」

「いい勘してるな。お前らのブルジョワ精神を木っ端みじんにしてやる」

「服はしまむらだよ」

「俺、ワークマン」

「同志だったか…」

ヒロの受け身実習は、前回り受け身、後ろ回り受け身といったオーソドックスなものから、段差で足を踏み外した時、突き飛ばされた時などの予想外の時の反射、また壁に投げられたり、階段や斜面を転げ落ちたり、あらゆる状況を想定して、体験してみるものだった。

二時間ほどびっちり。二人はヘロヘロになった。

「ま、今日はこんなとこだ。次回は、ダッシュで逃げるコツ。やられたフリ、死んだフリの方法。罪に問われず暴力を振るう方法。警察への釈明フレーズ集。裁判での弁解フレーズ集。恨みを買わない方法ってとこかな」

「ヒロさん、なんでそんなに良く知ってるの?」

「まあ~経験に勝るものはないわな」

「…」

「次は、ビックリどっきりメカも新発表するぞ。来週もお楽しみに!」

ドラゴンパパ:
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