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本格武術小説「太児」第九話

この物語はすべてフィクションです。似たような人にピンと来たとしても、他人の空似です。

第九話 形と実用は違うこと

太児の日常が少しづつ変わっていた。

学校や剣道教室に行くときの、ビクビク感はなくなってきた。

ピアノは音色が優しくなり、姿勢も良くなった。

人の話をちゃんと聞けるようになってきた。これまでは、聞いているふりをしながら「聞きたくない!」と思っていることが多かった。

「お母さん、今日の晩ごはん、手伝うよ」

「えっ? ……どうしたの、急に」

「えっと……なんでも修行だな、って思って」

「助かるけど…。包丁で指を切らないように気をつけてね」

お母さんが、包丁の使い方を見せた。

太児の手は、包丁を握るとともに、野菜の感触を確かめていた。柔らかく、しかし芯のある白菜の感触。重力とバランス。

太極拳で学んだ感覚が、台所にも生きていた。

夏休みになって、太児たちは、湖畔で、庵天先生から集中練習を受けることになった。

木の葉のざわめきと、遠くの子どもたちの笑い声が混じっている。

庵天先生はベンチに腰を下ろし、拳二を見上げた。

「拳二は少林寺拳法をやっているんだったな。どんな練習をしている?」

「突きとか蹴りとか基本練習をやって、それから法形。二人で技の練習をやって、たまに乱捕」

「技の練習は、どんなのだ?」

「相手の突きや蹴りをよけて、返す練習。少林寺は守ってから反撃するんだよ。御仏の心だな」

拳二は待ってましたとばかりに胸を張る。

「突きも蹴りも、いっぱい技があるよ。投げ技や固め技もあるし。型の数も……すごく多いよ!」

拳二の声には誇らしさがにじんでいた。

太児も「かっちょいい!」と思わず聞き入る。

「太児、ちょっと腹を突いて来いよ」

拳二は顔の前で両手を広げて大きく構えた。そして太児の中段突きを、手のひらで受け流しながら、太児の手首を返し、同時に、蹴りを繰り出した。蹴りは、ピタッと太児の腹の手前で止まったが、体勢の崩れていた太児は、手首をこねられ、ごろッと地面に転がされた。

「これが、下受け蹴りからの小手投げ」

といいながら、拳二が太児の手首を引き上げる。うつぶせにひっくり返された太児は、背中に膝を乗せられ、肩は地面に押さえつけられ、身動きできない。

「拳ちゃん、すごい!」

「むぎゅ~~。いきなり投げるなんて、ひどいや」

庵天先生は「ほう」と頷き、目を細める。

「素晴らしいね。受けから固め技まで途切れなく、流れるようだ。ずいぶん練習しているな。ただ……」

先生は少し言葉を置いた。

「さっき、腹じゃなくて顔を打たれていたら受けきれたかな?」

「八相構えには中段突きがお約束だよ」

「まあ、練習だからな。上段攻撃にはそれに対する防御方法があるだろう。でも、すべてのパターンを覚えて、実戦で使えるレベルにまで鍛えるのは……現実的に可能なのかな?」

拳二は口を尖らせた。

「え、それは……練習すれば…」

「努力は否定しないけど、人の動きも攻撃も無限に変化する。防御側がすべてに対応するのは大変だ。動体視力と反射神経を鍛えるのにも限界がある」

拳二は言葉に詰まった。

「最初の間合いが離れていると、どうしても攻撃する方が有利だ。バリエーションが多ければ多いほど、そうなる」

庵天先生は柔らかく笑った。

「太極拳の形は、特定の攻防を想定していないんだ。こう攻められたら、こう返すと考えるのではなくて、相手がどうであっても、自分は攻撃されず、有利に動ける形を作る稽古なんだよ。だから、動作の名前も、どう受けてどう反撃する、みたいな名前にはなっていない。『白鶴亮翅』とか『雲手』とか、ふんわりしたイメージばかりだ」

太児は目を丸くした。

(特定の技じゃなくて、体の使い方を覚える……?)

今までの武道のイメージが、ゆっくりと裏返るような感覚だった。

拳二はまだ納得いかない顔をしていたが、太児は感動していた。

どんくさい自分に合っているのは、こっちだ。

ただの形だと思っていた太極拳が、急に深く、果てしないものに思えてきた。

美鈴が聞いた。

「庵天先生は、道場をやってないんですか?」

「昔はやってたけどな。今はやってない…」

庵天先生はしばらく黙って、揺れる柳の葉に目をやった。

「中国の小さな村で、十年修行して、日本に帰ってきた。しばらくして教室を始めた」

太児は、ごくりと唾をのむ。

「それって、陳家溝って村じゃ?」

「…まあ、そこだ」

美鈴が問うた。

「なんでやめちゃったんですか?」

庵天先生が、ふーっとゆっくり鼻息を出した。

「教えるってのは、技だけじゃない。伝承者は、伝統文化や生き方も背負っているんだ。だが、こっちじゃ形ばかりにこだわって、俺が学んできた太極拳をニセモノだなんて言うんだよ。俺が本当のことを言うと、自分たちが否定される気分になるんだろうな」

庵天先生が3人の方を向き直って言った。

「俺は日本人なのに、よそ者扱いさ。ネットでも散々悪口を書かれたよ。あっちじゃ、よそ者の日本人、こっちでもよそ者だ。本場帰りだって噂になって、道場破りも次々と来たしな……。いちいち応対も大変だ。俺は、そういうのに嫌気がさした」

庵天先生の背中が寂しそうに見えた。

「けどなあ」

庵天先生は空を見上げて言った。

「水は形を変えても流れ続ける。……お前達はその流れの先にいるのかもしれんぞ」

ニヤッと笑って、言った。

「実は俺は、お前たちみたいな子供に教えたことはないんだ。大人に教えるより楽しいかもな…。本当はまだ早いが、型を教えてやる。懶扎衣という型だ」

庵天先生が立ち、3人を、横一列に並ばせた。

「足を横に広げる。三歩半だ。馬の背中に乗っていると思うんだ。体重は、右足に載せる。右手は右膝の方向で肩の高さ。指は柔らかく伸ばして、指先を天に向ける。左手は、腰に当てておく。人差し指が肋骨につながる位置だ。長い服の裾をたくし上げるように見えるから、懶扎衣っていう」

庵天先生は、3人の形を、手取り足取り、正しい形に整えていく。

1分、2分、3人の足がプルプルと震えてくる。

「きつくなってきたかな? じゃあ動いてみよう。右手を下ろして、スイカを抱える形。体重を左足に移す。目は斜め左方向を見る。ヘソも斜め左向きだ。見ている方向に右手を上げる。水を掬う感じだ」

その形で止めて、庵天先生が形を整えていく。

「体重は左足に載ったまま、正面に向き直る。右手は掌を返して、前に向ける。そして、体重を右足に移動。右手を右に広げると、元の形だ。これを止まらずにゆっくり繰り返す」

庵天先生が、3人に背中を向け、ゆっくりと繰り返して見本を見せた。

「円の動きに見えるが、手でマルを描くんじゃない。手は上下しているだけだ。体重移動と、方向転換が合わさって、円運動に見える」

「いつも頭が吊るされている気分でいろ。仰け反ったり俯いたりしないように。肩と肘は上げるな」

要求が次々と出される。

「まあ、一度で覚えられるもんでもない。形は何年もかけて整えていくもんだ…。ちょっと休憩」

太児が「フーッ」と大きな息を吐いて、地面にへたり込んだ。拳二と美鈴も足を叩いたり擦ったりしている。

「ふふ。ちょっときつかったかな。こうやって、しっかり土台を作っていくんだ」

「これはどんな意味があるんですか」と拳二が尋ねた。

「動作の意味は考えなくていい。少林寺拳法みたいに守って反撃している意味もあるが、蹴ったり投げたり武器を使ったり、あらゆる要素が含まれているのが、太極拳の型だ。まずは正しい形をしっかりと体に覚え込ませて、考えなくても動けるようにする」

剣道にも形があるはずだけど、ほとんどやったことはないな…と太児は思った。ひたすら打ち込み稽古と、乱捕ばかりだ。

「次は左手でやってみよう。右手は腰じゃなくて、鈎手(こうしゅ)にして、肩の高さに上げておく」

鈎手は5本の指を円く曲げて指先を合わせる形だ。手首を折り込み、指先を地面に向ける。見本を見せながら庵天先生が拳二に言った。

「少林寺拳法の鈎手(かぎて)は、字が同じだけど、指を張って手首を反らすから、全く逆だな。なんで違うのかは、知らんけど」

庵天先生が左手を掌、右手を鈎手にして、左右に広げた。

一瞬、庵天先生が大きくなったように見えた。

「この形を単鞭(たんべん)という。一本の棒を持っている形だ。陳家溝あたりでは、羊の群れを追い立てる棒を鞭(べん)といったんだ」

先ほどと同じように、庵天先生が見本を見せ、3人が真似をしながら、ゆっくり動いた。

「空中で糸を巻くように、ゆっくりゆっくり動くんだ。もつれたり切れたりしないように、丁寧に丁寧に」

ゆっくりでも、三人とも汗だくだ。

「懶扎衣と単鞭。毎日128回ずつが課題だ」

うひゃーと太児は思った。

拳二が尋ねた。

「突きや蹴りはいつやるの?」

「まだ先だ。ある程度、太極拳の体ができてからじゃないと、モノマネになって、練習の意味がなくなってしまう」

「少林寺拳法の突きや蹴りとは違うの?」

「突きは突きではないし、蹴りは蹴りではないってところが違うな」

「???」

「まだわからなくてもいい。拳二が一番苦労するかもなあ。太極拳と日本の少林寺拳法では、体の使い方が相当に違う。少林寺の道院でやったら先生に注意されるだろう。なんとなく、感覚を体に流すだけでいいよ。…でも本当は、同じなんだ。そこに気づくのは20年先かもしれないけどな」

「女の子でもできるの?」

「他の格闘技よりはやりやすいと思うよ。弱い人が強い人に勝つのが太極拳だ。日本で太極拳をやってるのは、ほとんどがおばあちゃんだしな。あれを、太極拳と言えるのかどうかは別として…」

「あれとは違うの?」

「公園や、カルチャー講座でやっている年寄り向け太極拳は、ほとんどが簡化24式太極拳だ。今の中華人民共和国になってから作られたもので、労働者の健康のためのものだったが、今はお年寄り向けの健康体操になってしまったかんじだな。俺が学んだ伝統の太極拳とは違う」

「伝統太極拳って、人気ないんだね」

「まあな。簡化太極拳をやる人は多いが、古くて地味な伝統武術をやる人は少なくなった。若者は、ド派手なアクションパフォーマンスのカンフーをがんばってるみたいだけど、あれも、伝統の武術とは違う」

「えっ? どゆこと?」

ドラゴンパパ:
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