この物語はすべてフィクションです。
第七十話 太児震脚トニーを翻し美鈴声援して勇を助くのこと
美鈴が試合を辞退したのには、いくつか理由がある。
そもそも、この大会に参加するつもりはなかった。
勢いでエントリーして、かつての生徒会仲間を叩きのめしてしまい、若干気分の良さはあったものの、そんな自分に嫌気もさしていた。
それに、だんだんエスカレートしていく試合に、太児や拳二が心配になってきたのだ。
「こんな試合、勝つことに何の意味があるのよ。とっとと負けて帰ったらいいのよ」
そういう美鈴に、伊東道戒が答える。
「この大会、勝ち負けにも執着していない気がします。参加者は腕試しの面白さを期待しているのでしょうが…。主催者の意図がいまいちわかりませんね…」
「トニーは、自分が楽しみたいんやで。金持ちの道楽や。ワシはタコ焼きが売れてくれたらええけど」
テツが呑気に答える。
コートでは、またしても太児がクルクルと舞浮かされ、ひっくりかえされていた。
「太児、大丈夫かしら。やられっぱなしじゃない?」
コートの向こうからは「フレーフレー」と気の抜けた拳二の声援と、「立て、立つんじゃ、ジョー!」と丹下段平の下手な物真似をしている東山先生の声が聞こえてくる。
「太児! 頑張って!」
美鈴が大声で叫んだ。
太児は転がりながら、美鈴の声を聞いてホッとした。反則負けでふてくされているんじゃないかと、心配していたのだ。
「ガールフレンドの応援でニンマリとは、余裕ざんすねえ」
トニーもニンマリ笑う。
太児が起き上りながら言う。
「トニーさん、ぼくに稽古をつけてくれているんでしょう?」
「なんで、そう思うざんす?」
「ぜんぜん殺気がないですよ」
「そりゃ、怪我をさせないルールざんすから」
「それにしても、技がバラエティに富みすぎていて、なんだか技術展覧会みたいになってますよ」
「ふふん。しゃらくさいこというざんすね。もう時間もないざんす。ひとつくらい返してみるざんす!」
八卦歩で回り込んでくるトニー渓の掌が、太児の首筋に滑り込んでくる。
すれ違うように、体を返し、トニーに纏わりつこうとするが、その時には既にトニーはそこにいない。
追い詰められているようで、追いかけているのは自分だ。そしてドツボにハマるパターンを繰り返している。
(そうか、捨己従人を忘れていた!)
太児は目を閉じた。どうせ目で追いかけても、追いつかない。
トニーが回転しながら足を刈ってくる気配を感じた。最初に太児がひっくり返された技と同じだ。
トニーの回転の勢いに吸い上げられるように、太児は脚を上げた。体が浮き上がる。
(浮いたなら落っこちればいいんだ)
トニーの回転に抵抗せず、まっすぐ上げた足を落とす。
ズン!
震脚。
地球の引力が螺旋状に跳ね上がる。
ブルッ!
太児の腰が震えた。
「しぇ~~~ざんす~~~」
トニー渓が、激しく回転しながら空中高く舞い上がり、そのままゴロゴロとコートの上を転がり、場外にいた東山先生の足元まで転がった。
「時間です」
アナウンスの声が響いた。
「跳んで跳んで跳んで跳んで回って回って回って回る…。すさまじいもんじゃ」
つぶやく東山先生に、トニー渓が言う。
「回った数なら、ミスター太児の方が多いざんす。ミーの勝ちざんすね」
「急がば回れ、回るが勝ち、回る門には福来たる…じゃな」
「意味不明ざんす」
「トニーさん大丈夫ですか?」
ビックリした顔で心配そうに太児が声をかける。
「ザッツオールライト! ま、勝負なんてどうでもいいざんす。ユー、すごい成長ざんすよ」
パチパチと拍手が響いた。
「すごいわ、太児!」
美鈴も大きな拍手を送る。
「あの飛ばされ方、前にワシが庵天先生に飛ばされたのとおんなじやな。さすが先生の生徒や」
テツが感心して言った。
「ええもん見せてもろたわ。タコ焼きもよう売れて、今日はええ日や」