この物語はすべてフィクションです。
第六十八話 無手対武器と陳王廷の教えのこと
下段に構えた藤吉が、スタスタと近づいてくる。
「お前が剣を持ったら、もっと面白かっただろうな」
太児は間合いを外して、後ろに下がる。
お互いが円を描くように、左に進む。
(このまま時間いっぱい逃げ切ったら負けないか…)
太児がふと思ったとき、藤吉が言った。
「太児。不利なのはわかるが逃げ切ろうとするなよ。俺は勝負を楽しみたいんだよ」
気迫に押された太児はコートの端っこまで来てしまった。
場外は関係ないルールだが、後ろには他の選手もいて、これ以上は下がれない。
藤吉が、滑るように間合いを詰め、刀を振りかぶった。
完全に剣術家の間合い。
太児の脳裏に、過去の映像がフラッシュバックした。
猛烈な勢いで駆けてくる馬に乗った盗賊が、刀を振り上げる。
「やられる!」
恐怖と絶望、殺意と良心の狭間で、動けなくなった瞬間、太児は青い光に包まれた。
コートが消える。
見覚えのある景色。
土の匂い。畑。老人。
声が聞こえてくる。
「…武装した逃亡兵が…食料や女を差し出せと…若い衆はみんな外へ出ていて…」
「ふむ…ならば行くか…兵たちよ…食料ぐらい分けてやる…大人しく出ていけ…」
「なんだと、この死にぞこないのジジイが! まずはお前から血祭りにしてやる!」
槍を突き出した兵士が叫び声を上げ、すっ飛んで畑へと逆さまに落ちる。
「このジジイ、何をッ!」
真っ二つに斬られたかと見えた老人の足元に、刀を振り下ろしたはずの兵士が押さえつけられていた。
振り向いた老人と、太児の目が合った。
「太児よ…素手で武器をあしらう方法は見せたじゃろうが」
ニヤリと笑う老人。
「あ、陳王廷老師…そうでした…」
下山公園の競技場。
振り下ろされる木刀を優しく包み、太児は低く沈む。
気づけば、太児の足元で、身動きが取れなくなった藤吉が「参った」と呻いていた。
「勝者。ミスター太児!」
トニー渓の嬉しそうな声が響く。
太児が藤吉を解放した。
「…大丈夫だった?」
「ああ。気遣われるのも癪だが、お前はホントに凄いよ」
「無我夢中で、何をやったのか覚えてない…怖かったし…」
「そりゃそうだ。そもそも無手で剣に向かおうってのが無茶な話だ。たいしたもんだよ。ま、桜の木で作った木刀だから、当たっても大したことはなかったけどな」
「そうだったのか…。本物に見えたよ」
「俺も、お前が剣を持っているように見えたよ」
向かい合って礼をし、握手を交わし、両者コートを退場した。