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小説「太児」第五十九話

この物語はすべてフィクションです。

第五十九話 公園で推手と怪しい男のこと

日曜日に、太児は電車に乗って、陵森(みささもり)公園に来ていた。

駅を出ると、青空に、真っ白な気球が浮かんでいるのが見えた。

気球に向かって歩いていくと、大きな日の丸が見えてきた。日の丸の下には、巨大古墳の礼拝所がある。

黄色い帽子のボランティアガイドの人たちが、観光客の外国人に案内をしている。

砂利を歩き、古墳の正面に進み、二礼二拍手一礼をした。

公園に入ると、戦没者慰霊のための高い塔がある。この角度で見ると、塔に気球が引っかかっているように見える。

太児は、白い塔に向かって歩き、塔の下にある礼拝所で、やはり二礼二拍手一礼をした。

礼拝所には、前の戦争で亡くなった数千人の市民の名前が刻まれている。

そこから見える広い芝生広場の上に、太極拳をしている集団が見えた。

今日は暖かいからか、人数が多い。

ほとんどがお年寄りだ。

音楽に合わせて、100人近い人たちが、簡化24式太極拳をしている。太児は、簡化式を習ったことはない。他の人のマネをしてみた。庵天先生や、楊露禅の太極拳とは全く違う。

音楽が終わり、きれいに並んでいた団体がバラバラと崩れ、お茶を飲む人、お菓子を食べながら談笑する人、剣や扇を取り出す人達…小さな集団に分かれていった。

太児の目当ては、推手を楽しむグループだ。

庵天先生の先生、東山先生に誘われて、中学生の頃から、時々来るようになっていた。

お年寄りたちに、太児は可愛がられている。

「若い子が来てくれると、いいわねえ! 元気がもらえるわあ」

「私たちも若返るよねえ」

「太児君、お菓子があるわよ! おばあちゃんのポタポタ焼きと、都こんぶはいかが?」

太児は笑顔で「ありがとう!」と答えると、次から次へと、飴ちゃんやらクッキーやらが届けられる。

たちまちポケットがいっぱいになった。

のんびりと、やってきた東山先生の声が響いた。

「おー。太児君、人気者だねえ。うらやましい!」

「あら、先生、若い子に嫉妬してるの~」

「嫉妬など、しっとらん!」

あいかわらず、ダジャレが快調な?東山先生だ。

庭石に腰かけて、コーヒーをすすっていた人達がゆっくりと立ち上がり、芝生の上でペアを作り始めた。

太児に声をかけてくれた最初の相手は、鉄羅漢の井上と呼ばれている元消防隊員のお爺さんだ。笑いシワが深く、筋肉質。

向かい合って、手を合わせた。

自分と相手の重心を感じ取り、引力に身を任せるように、太児は身体を動かす。二人はシンクロするように四正の動作をしていたが、だんだんと動きは自由になってくる。

井上さんがスッと中に入ってきた。太児の隙をついて崩そうとしたのだが、その動きの中に、太児は固さを感じた。

「トン」

足が浮いて、後ろに弾けたのは、井上さんの方だ。

横目で見ていた東山先生が声をかける。

「井上さん、あいかわらず力が入っちゃうねえ。もうポンプで放水は引退したんだから、もっと軽く、柔らかく!」

「いやあ、太児君の柔らかさには、おそれいるなあ。若いのにすごい!」

「いえ、井上さんの安定感、すごく勉強になります!」

太児も何か褒めなければと言葉を選ぶが、ちょっと意味不明だったな、と思う。

次の相手は、いつもコーヒーを用意して来てくれるおばあちゃんだ。

相当な太極拳好きで、あちらこちらの教室や講習会に参加して検定試験も受けておられるらしい。太極拳が生きがいのようだ。

「ええっと、手がこう来るから、こうしたらいいのかしら? あれっ、足はこっち?」

「妙さん、考えすぎだよ」

東山先生がまた横から声をかけてくる。他の人と推手をしながら、周りの人にアドバイスを送っているのだ。

太児は、さりげなく妙さんを誘導する。

「あらっ、上手く動けるわ。太児くんと練習すると、なんだか上手になるのよねえ」

「妙さん、老いては子に従えだねえ!」

「あら、子じゃなくて、孫ね」

「アハハ。孫相手に、マゴマゴしてちゃいけないねえ!」

次の相手は、その東山先生だ。

「どうれ、上達したかな?」

推手をすると、誰一人として同じ感じの人はいないが、その中でも東山先生は全然違っている。

触れている感じがしないが、といってフニャフニャに萎えているのでもない。

皮膚一枚でつながっているようで、洗濯機の中に放り込まれた感じがする。

太児はクルクル回され、ポンポン投げられ、片手を背中に回され地面にへばりつかされた。

「あっはっは! 逮捕じゃ」

太児は、警察が太極拳を取り入れたら役に立つだろうな…と思う。

「いつ見ても楽しそうよねえ。そんな風に自由自在にやりたいわ!」

別のおばさんが声をかける。

「難しく考えらんと、楽しく踊ればいいのじゃ」

東山先生が返す。

「あと何年かかるのかしら? 寿命がそれまで持つのやら?」

太児は、この人達が東山先生みたいになるのは無理だろうと思うが、みんな深刻さは全然なく、十分に楽しそうだ。これも太極拳の楽しみ方なんだな、と思う。

その時、男の声がした。

「ハロー。ミーもいいざんすか?」

初めて見る顔だった。

ドラゴンパパ:
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