この物語はすべてフィクションです。時代考証はテキトーです。楊露禅と陳家溝の関りについては諸説ありますが、この物語の設定は、諸説とは関係ありません。だいぶ斜め上です。
第五話 強さと上手さと勝ちと負けのこと
夕方になり、村で武術大会が開かれた。
村は、陳家溝(ちんかこう)と呼ばれているという。漢方薬の名産地だそうで、楊露禅少年は、近隣の貧しい村から出稼ぎに来ているとのことだった。
楊露禅以外、村人のほとんどが親戚で、みんな陳さんだ。そして、ほぼ全員が武術をたしなんでいる。
武術大会は季節ごとに開催される村の祭りらしい。一見、相撲大会のようだが、棍(こん)の部もある。棍は1メートルちょっとくらいの、棒だ。
いつのまにか拳二も来ていた。
「なんだここ? キャンプに来ていたはずなのに…」
「あれ、拳二もキャンプ場に来てたの?」
「太児もか? 急に景色がグニャグニャになって、ここにいた」
「不思議だね…。同じ夢を見ているのかも?」
聞くなり拳二は、太児の頬っぺたをつねった。
「イテテテテ…」
「うーん、夢にしてはリアルだな」
「自分をつねってくれよう…」
「いったい何が始まるんだろう??」
「武術大会があるんだって」
「夢だかなんだかよくわかんないけど、こんなの、やってみたかったんだよね。少林寺拳法には試合がないからなあ。一緒に出てみようぜ」
渋る太児を、拳二が引っぱり、エントリーしてしまった。
指定された出場種目は子供の部で、選手は小学生低学年くらいのチビッ子ばかり。
「なーんだ、張り合いがないなあ。まあ、手加減して遊んでやるか」
ところが…
「うわっ!」
「いててててて!!」
ちびっ子拳士たちに、全敗だった。
拳二は、突きをよけられ足を掛けられ、場外にすっころばされて、負け。
太児は棍(こん)で出場したが、簡単に受け流され、棍で手足を絡み取られ、身動きできなくなって、負け。
「おまえら、ダメダメだなあ〜!」
楊露禅が笑う。
悔しい。
けれど、怪我もしていないし、激しい感情のぶつかりもない。勝っても負けても、みんな笑っている。
太児は感じていた。
武術とは、力や根性ではなく、自然の流れなのだ。
あんな小さい子供達でも、いくらでも上手になれるのだ…。
大会終了後、焚き火を囲んで、楊露禅は、自分がとった三等賞の賞品の羊肉を焼きながら言った。
「おいら、……陳家の武術をちゃんと身につけたいんだよね。貧乏人の子せがれって人に馬鹿にされたくないんだ。ここにいれば、もっと上手く強くなれる」
太児は「ぼくも、そんな気持ちになってきた。ここの武術ならできるかも…」
拳二は「自分より小さい子に負けるなんて思わなかったなあ。俺も強くなりたい」
楊露禅が笑う。
「お前らがチビッ子に負けたのは、弱いからじゃないよ。お前らがヘタクソで、ちびっ子の方が上手かっただけだ。囲碁や将棋とおんなじだ。拳を合わせずに、怒鳴り合いで泣いた方が負けっていうルールなら、勝ち負けはわからんぜ。…太児は怒鳴り合いでも負けそうだけど」
「ううう…」
確かにここの元気のいいちびっ子たちなら、口喧嘩でも負けそうだと、太児は思った。
でも、強さと、上手さはちがう…
なにか、つかみかけている感じがした。
朝。太児は目を覚ました。
キャンプ場の芝生の上のテントの中だった。
手のひらには、うっすらと土の感触が残っていた。
「夢じゃ、なかった……?」
テントから出て、朝日を浴びる。
隣のテントでは、拳二の家族が、朝食の準備をしていた。
拳二達は、きのうの夜にやってきていたらしい。
拳二と太児は、不思議そうに顔を見合わせた。