この物語はすべてフィクションです。
第四十五話 ゾンビドラッグと通り魔のこと
通り魔学校侵入事件は、大きなニュースになり、学校の安全対策については、社会問題になった。
死傷者が出なかったことは幸いだったが、犠牲者が出てもおかしくない状態だった。精神に異常をきたした者が刃物を振り回したとの報道があり、差別につながるのではないかとの懸念の声もあがった。
ふたりの小学生が対抗したことや、犯人を網でからめとった謎の男については、いかにも視聴率が上がりそうなネタではあったが、報道されなかった。
本人も周囲の者も取材に応じなかったからだ。
狭太郎が庵天先生宅を訪問していた。
「いやあ、危ないところでした。太児と拳二君が無茶して、結果オーライでしたが、一つ間違えていたら死人が出ていましたね」
「友達のヒロが、たまたま太児に会いに行って、現場に遭遇したらしい。ラッキーだったよ」
「本当に助かりました。ヒロさんにはまたお礼に伺います」
「ヒロは酒を飲まないから、手土産には旨いコーヒーがいいだろう」
「そうします。ところで、通り魔について、C国がらみで気になることが…」
「C国は関係ないんじゃないか? 犯人は、頭のイカレた日本人だったとの報道だったが?」
「それが、太児に聞いた話や、警察での取り調べ内容を探ったところ、不審に思える点がでてきたのです」
「ほう? 単なる精神疾患じゃなかったと?」
「最近、新手のドラッグがアメリカで流行っているのをご存じですか?」
「ああ、ゾンビみたいになって、スラム街で変なポーズで立ちっぱなしになるやつか?」
「それです。あれはC国が、アメリカのスラム街などに意図的に流し、治安を乱す実験をしているとの噂があるのです。C国では、さらに、狂暴性を加わるような薬物を開発しているとの情報もあります」
「なんと!」
「いわゆるゾンビドラッグにはいろいろありますが、C国が開発した新薬を使うと、極めて攻撃的になり、痛みを感じず、見境なく人を襲い続けるようです。脳神経が異常になり、自己防衛本能もなくなり、力の抑制がなくなります。熊より始末が悪いかも…」
「おそろしいな…。次はそれをばら撒くと? 日本にも入ってきたのか?」
「先日の通り魔がそうだとは言い切れませんが、気を付けた方がいいかもしれません。警察官のピストルくらいでは止められないでしょう」
「日本の警官が犯人の頭を撃ち抜くことはできないからな。殴り合いや関節技は、まるで効かないだろう。ヒロみたいに網でからめとるか、高いところから落とすか、川に流すとかになるな。つかみ合いなんかになったらアウトだ。猛獣以上に厄介だ」
日曜日。湖のキャンプ場近くの青空道場にて、いつものメンバーが集まった。
庵天先生が言った。
「この前は、お前たちは大活躍だったな。勇気、判断力、実行力、チームワーク、素晴らしかった。誰も怪我なく避難できたのは、お前たちの働きのおかげだ。しかし、ラッキーもあったことは覚えておくように。ヒロが来ていなかったら、拳二と太児は危なかっただろう」
「他のクラスみたいに怖がって引っ込んでいたら、みんなやられていたよ」と拳二がいう。
「たしかにな。専守防衛じゃ間に合わん。太児、ナイフを目の前にしてどう思った」
「…怖かったけど…モップの方が有利だと思った。モップを折られて、びっくりしたけど」
拳二が言った。
「あいつは、人間って気がしなかったよ。ヤバすぎ」
「そんな中で、落ち着いて行動できたのは、とても素晴らしい。だが結局、防火扉が閉まって逃げられなくなったわけだが、ヒロが来なかったらどうしていた?」
「窓から脱出かなあ」と拳二。
「身軽なお前なら脱出できただろうな。太児は?」と庵天先生。
「太児が逃げられへん言うて、美鈴はベソかいてたんやで」と晶が口を挟む。
「ベソなんかかいていないもん!」と美鈴。
しばらく黙っていた太児がポツリと言った。
「ぼくは…窓から落とそうと思ってた」
「えっ、あいつを??」
拳児がビックリして、太児を見た。
庵天先生が、じっと太児を見つめて言った。
「できたと思うか?」
「わからない。ナイフで刺されるかもしれないから…。でも、机を蹴っ飛ばしているのを見た時、落とせると思った」
「そうか…」
庵天先生はそれ以上は言わなかったが、その口元が少し緩んだ。