この物語はすべてフィクションです。
第三十一話 射的と太極拳のこと
夕暮れが湖面を朱に染め、やがて暗くなる。
太児たちは庵天先生と、神社の祭りに出かけた。
本殿がライトアップされ、屋台の明かりが並ぶ。焼きイカの匂い、綿菓子の甘い香り、発電機のうなり、太鼓の音に子供の声、屋台の呼び込み、賑やかさが広がっている。おでん屋では、法被を着たおじさんたちが、いい感じで赤くなっている。
「うわー、にぎやかだな!」と拳児が声を上げる。
「テツ、どこにおるんやろ」と晶はきょろきょろと辺りを見回した。
鳥居のそばに、「射的」と書かれた赤い提灯がぶら下がったテントがあり、奥に鉢巻きを締めたテツがいた。
テツは、でっかい声を張り上げながら、射的台と景品を並べた棚の間で行ったり来たりしている。
「お、晶か! お前らも来たんか! 撃っていけや! 6発500円、実弾は禁止やで!」
「俺、射的やりたい!」
拳二が目を爛々と輝かせる。
「勝負するか?」と庵天先生。
「いいの!?」
「ただし、自分の金でな」
「やっぱり…」
庵天先生と拳二が、まず射的台の前に立った。
テツがコルク弾の入った皿を、射的台に並べていく。
「やり方わかってんな! まずレバーを引いて、コルクを筒の先にしっかり詰めて、よう狙って、引き金を引くんや。指詰めんなや! 景品は倒れただけやったらあかん。台から落ちてゲットや。真ん中当てても倒れへんで! 角っこ狙えよ! ちなみにワシに当てたら、罰金やからな!」
拳二が、銃を片手で持ち、腕を伸ばして、片目をつぶり、体を倒し込んで、筒の先を目いっぱい的に近づけて、撃つ。
パン!と飛び出したコルク弾は、景品の上を通り過ぎて、むなしく壁に当たった。
「くっそー! こんなに近づけたのに」
「そんなデタラメな構えじゃ、当たるもんも当たらん」
そういって庵天先生が、ガチャッとレバーを引き、コルク弾を詰め、銃を構えた。
「太極拳は何にでも応用できる。虚霊頂勁、上下相随、三尖相照…」
そういいながら、足を広げ、銃の尻を肩に当て、顔の前に銃を構えた。
「ちゃんと照準器がついているだろう。先っちょのぽっちりと切り欠きを合わせるんだ。顔を傾けないで、両眼で見る。力は入れず、引き金を引くだけだ」
パン!
細長いボンタンアメの箱が、くるっと回って、台から落ちた。
ガチャッ、パン!
プリッツの箱が倒れて落ちた。
ガチャッ、パン!
積み重なったフーセンガムの箱が、バラバラと落ちていった。
ガチャ、パン! ガチャ、パン! ガチャ、パン!
ペコちゃんミルキーキャンディーは、当たっても倒れなかったが、3発で台の端っこまでズリズリズリと追いやられ、落ちていった。
「まあ、こんなもんだ」
拳二がポカンとしている。
「先生、大人げないなあ。こんな子供の遊びで…」とテツがあきれている。
「そうか…」と拳二は、銃を構えなおして、慎重に撃った。コルク弾は、やはり的の上を飛び越していく。
「ズレは、調整して狙えばいい」と庵天先生。
「そうか、少し下を狙えばいいんだな」
拳二は唇をかみ、照準をやや下に向け、3発目を撃った。
的の下を潜り抜けた。
「うーん、ちょっと下過ぎたか…」
4発目。
パン! とチョコボールの箱に当たり、箱はパタンと倒れた。
「当たった!」
「台から落ちへんかったらアカン」とテツ。
「くそう!」
ポン! 5発目はコアラのマーチの箱に当たったが、跳ね返され、全然動いていない。
「うう、ラストワン! ひとつくらいゲットせねば、気が済まぬ!」
拳二は、当たればすぐに倒れて落っこちそうなラムネの細長い筒を慎重に狙った。
スカッ。
あああっ! と拳二は天を仰いだ。
「力が入りすぎなんだよ。リラックスしないとなあ」と庵天先生。
次は太児だ。
太児は静かに構え、呼吸を整えた。庵天先生が後ろから助言する。
「頭は高く、重心を腹に落として、肩肘を下げて、引き金を引くんだ」
ポン!
見事にラムネを撃ち落とす。
「先生!アドバイスはペナルティやで! 2打罰や」
「うん? 二発多く打たせてくれるのか?」
「ちがうわい。2発引いて、あと3発!」
「悪いな、太児。弾を減らされてしまった」
「大丈夫、かえって集中できるよ」
ガシャッ、ポン、ガシャッ、ポン、ガシャッ、ポン。
都こんぶ、フーセンガム、ラムネを次々落としていった。
「堅実やなあ、太児は」と晶があきれたように言った。
「簡単なのばっかり狙うわね。男は冒険しないと」と美鈴。
次は女子二人だ。
「肘を台に乗せて狙うと安定するぞ」と庵天先生がアドバイス。
「まだエントリーしてないから、アドバイスはオッケーだ」と、テツに向かって、にやりと笑う。
ふたりは、射撃台の前に立ち、腰を落とし、肘を台の上に載せ、銃を構えて、次々と撃ち、的に当てていった。
が、狙ったぬいぐるみは全然動かない。
「全然動かないじゃない!」
「インチキや、テツのイカサマ!」
拳二があきれていった。
「いや、無理でしょあれ、でかすぎるじゃん。見たらわかるだろ…」
テツが言った。
「ハイ、おしまい! まいどおおきに! また来たってやー!」
射的屋を後にして、太児が満足そうに言った。
「ああ、面白かった。たくさんゲットしたから、元取れたね!」
晶があきれたように答える。
「そんなわけないやろ。仕入れ原価なんてしれとる。ええカモやで。まあ、わかってても楽しめるのが、祭りのええとこやけどな」
湖面に映る提灯が、ゆらゆらと揺れながら夜は更けていく。