この物語はすべてフィクションです。
第15話 晶と太児のピアノと月の光のこと
二学期になった。
太児の学校では学園祭が始まっていた。各クラスの模擬店の呼び込みやクラブ活動のアピールで大賑わいだ。
拳二は屋台でヤキソバを焼き、美鈴は講堂でのアナウンス係に忙しい。
講堂での発表会プログラムには、太児の「ピアノ独奏」が載っていた。学園祭委員になった美鈴が、職権乱用で仕組んだのだ。
(うわぁ……人前でピアノを弾くのか……)
胸がドキドキする。
音楽を人に聴かせるのは、太児にとって恐怖だった。
そもそも人に向き合うのも怖いのだ。
それも、ひとりでなく、大勢の聴衆に向けてとなると、今から膝が震える気分だ。
一方、校門からは、妙に目立つ女子が入ってきた。
赤い髪留めに下駄履き、片手にりんご飴を握っている。
晶(あきら)だった。
拳二の親戚で、大阪のテキ屋の娘だ。神社の祭りで余った駄菓子や、くじ引きの景品を袋に詰めて持ってきたのだ。
住まいが離れているので年に数度しか会わないが、昔から拳二を慕っている。
「まいどー! 出張屋台、やりまっせえ!」
廊下に派手な声が響き、クラスの女子たちが「え、誰?」とざわめく。
拳二は真っ赤になって飛び出した。
「晶! 来るなって言っただろ!」
「なんでや、ウチかてアンタの晴れ舞台見たいねん!」
「晴れ舞台って何だよ!?」
晶はお構いなしに、ヤキソバ屋台脇の空いているテーブルに、商品を並べていく。
「どうせ、余りもんや。安うしとくでー」
「アホ、小学校の祭りだぞ、現金販売はないっ! チケット制だ!」
「ほんならタダでもええわ。いらっしゃ~い!」
そんなやり取りの最中、厄介な連中が現れた。近隣の中学から流れてきた不良グループだ。
「へえ……小学校の学園祭って面白そうじゃん。俺らも混ぜてもらおうか?」
晶が広げた駄菓子袋に、早速手を伸ばす。
「こら、なにすんねん!」
「うるせえっ!」
不良の一人が晶の肩を乱暴に押した。
「なんや! 気安うタッチせんといて!」
晶が怒鳴るのと同時に、下駄が不良の足をガツンと踏み抜いた。
「ぐおおっ!」
屋台の周りが騒然となる。
怒鳴り合いと同時に、机と椅子が倒れる。乱闘開始だ。
「おおい、やめろよう」
茫然と見ていた太児だったが、勇気を振り絞り、不良たちの前に飛び出した。
「うるせえ、ひっこんでろ!」と、不良が太児の肩をグイッと押したが、そのままつんのめって机にぶつかった。
別の不良が突っ込んできたが、太児が腰を沈めて半歩ずれれば、不良は勢い余ってひっくり返る。
「な、なんだコイツ!?」
「体が勝手に……流される……!」
一方、拳二はどストレートに殴り合いだ。やっぱり前から馴染んでいる技が出る。不良の鼻血が飛び散る。
晶は下駄を手に持ち、不良の頭に叩き付けた。
「世の中にはなんぼでも強いもんがおるゆうの、分からしたるわ!」
阿鼻叫喚の大乱闘だ。
「やめなさーい!!!」
バッシャーッ!!
水が不良どもにぶっかけられた。駆け付けた美鈴がバケツの水をぶち巻いたのだ。
不良中学生たちは、とんでもない連中に絡んでしまったと後悔しつつ、アタフタと退散していった。
「盛り上げに来たのに、ごめんなあ~拳ちゃん。てへぺろや」
太児は、散乱した椅子や割り箸を片付け、美鈴は雑巾でぶち巻いた水をふき取り、拳二は頭を抱え、駆け付けた担任の堤先生はあんぐりと口を開けていた。
数分後、校舎裏で事情聴取。晶は腕を組み、むくれ顔。
「なんやねん、悪いのはあっちやろ」
「晶……どうしたんだよ、おまえ。突然ひとりでやってきたりして」
拳二がまっすぐな目で見つめると、晶は目を逸らし、ポツポツと話し始めた。
「ウチな……家、めちゃくちゃやねん。お父はんのテツは働かへんし、お母はんは出て行ってしもた。ウチは日本一、不幸な少女や……友達は荒れとる連中ばっかりになってきたし、ホンマは普通の友達ほしかってん。ほんで、平和な学園祭って見てみたいなーと思って、来てん」
「そんなら最初から素直に言えよ」
「言う間もなかったやんか」
堤先生が拳二の両親に連絡し、晶は拳二宅に泊まることになった。
「学園祭には参加していていいわよ。でも、勝手にモノを売らないでね」
「ヤキソバとタコヤキ焼くの手伝えよ」
拳二はぶっきらぼうに言った。
晶は一瞬ぽかんとしたが、やがて口元をゆるめた。
「しゃーないな……本場のタコ焼き、味あわせたるわ」
ようやく、和んだ雰囲気が戻ってきた。
講堂の午後の部は、フォークギター弾き語りと、ロックバンドの演奏があり、次が、太児のピアノ演奏だ。太児のあとは、合唱部、ブラスバンド部と続く。
弾き語りはまあまあ聞けたが、ロックバンドは、お世辞にもうまいとは言えない。ドラムをズコズコ叩いて、ギターはガチャガチャ鳴らすだけ、ボーカルはギャーギャーとわめくだけで、はたしてこれが音楽と言えるのだろうか??
しかし、内輪ウケで妙に盛り上がっていた。
ロックバンドが終わると、応援していた友人たちも出ていって、少人数になった講堂は静かになった。
太児はグランドピアノの前に座り、深呼吸する。
さっきのドタバタで、緊張はすっかりなくなっていた。
観客席には、美鈴と拳二、晶が並んですわっていて、後ろの席に庵天先生が来てくれている。美鈴が呼んだのだ。庵天先生の隣には、小柄な女性が座ってニコニコ笑っていた。
「がんばれー太児!」と晶が叫び、拳二があわてて口を抑えた。
指を鍵盤に置いた。
音が鳴った瞬間、気分が落ち着いた。
曲はドビュッシー「月の光」。
楊露禅の琴の音が、頭に残っている。
旋律は、太児が異世界で覚えた型と同じ流れを持っていた。
静かに始まり、うねるように盛り上がり、やがて静かに曲が終わると、少人数のわりに、大きな拍手が沸き上がった。音楽もまた「太極」だと思った。
拍手に混じって「ブラボー!!」は晶の声。
太児はピアノの脇で、はにかみながらお辞儀をし、次の合唱部のメンバー達と入れ替わって、舞台袖へと下がっていった。