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魔法小説「太児」第十二話

この物語はすべてフィクションです。

第十二話 雷鳴と推手と擖手のこと

夕方の公園。三人そろって雲手の練習。入道雲が出ている。もう夏も終わりだ。

「これって、何の意味があるんだよー」と、拳二。

「考えるな。感じるんだ」と、太児。

「なんだか、雨乞いでもしているみたいね」と、美鈴。

雨が降ってきた。

「お前が変なこと言うから、本当に降ってきたじゃないか」と拳二。

「晴れた日があれば雨の日もある。これも陰陽」と太児。

「っていうか、今光ったわよ。雷じゃない?」

ピカッ!

ドーーーン!!!

閃光が走り、空が真っ白になり、雷鳴が地面を揺らした。

ポケットの木玉から、青白い光があふれ出し、3人を包み込んだ。

視界が歪み、足元の床が消える。

重力が逆さまになったような感覚。

思わず目をつぶり耳をふさいだ三人だったが、目を開けると、そこは公園ではなく、赤茶色い地面に、土壁が並ぶ古い村だった。

「ここは、どこ?」

「ここは、前にも来たぞ。夢の中で」

「美鈴もとうとう来ちゃったか」

突然、大きな声がした。

「おい、お前ら! 雷が鳴ってるのに危ないぞ! こっちへ入れ!」

楊露禅だった。頭に手ぬぐい、肩に布袋を背負っている。

「楊くん!…ってことは、ここは陳家溝?」

「お前ら、また来たのか。ん、初めて見るのがいるな」

「友達の美鈴だよ」

楊露禅が、とつぜん真っ赤になった。

「お、お、女の子じゃないか! は、は、はじめまして!」

「わ、わ、初めまして。って、あなたはどなたで、ここはどこ?」と美鈴。

「ここは昔の中国で、陳家溝って村。太極拳の故郷だよ」と太児が答えた。

「なんで?」と美鈴が聞く。

「異世界転生だよ」と太児。

「どうして?」と美鈴。

「タイムスリープだね」と拳二。

「誰が?」と美鈴。

「ぼくたちが」と太児。

「なんで?」と美鈴。

「雷が鳴ったからじゃないか?」と拳二。

「どうして?」と美鈴。

「シンクロニシティってやつかも」と太児。

「誰が?」と美鈴。

「いいかげんにしなさいっ!」と楊露禅。

薄暗い空が、真っ白に光り、ほぼ同時にドーン!と爆発音が鳴った。

「わあ!」

「きゃー!」

稲妻が横に走る。

バリバリバリッ!!

竜が雲の間を駆け巡るようだ。

「大陸の雷は、遠くでゴロゴロなんて悠長なものじゃなくて、光った瞬間そこら中に落ちる物騒なモノだって、庵天先生が言ってた」

しばらく、バリバリドンドンと激しく暴れていた雷だったが、やがて去り、静かになった。

「太極拳には、雷鳴って名前のついている型があるんだって。激しくてカッコいいって」

「えーっ、見てみたい。太児、やってよ」

「まだ、雲手しか習ってないよ」

楊露禅が、振り向いていった。

「なに、雷鳴? おいらが見せてあげるよ!」

雷鳴は、現代では新架式と呼ばれる陳氏太極拳の型の別称だ。激しく打ち、跳び、足を踏み鳴らし、発声する。拳は風を切り、地面が揺れる。

楊露禅の雷鳴は、凄まじい迫力があった。泥臭く、決して華美ではない。前に見に行った、日本カンフー太極拳連合会の競技とはずいぶん違う。

「楊君、かっこいい!」と美鈴が拍手した。

「それほどでも…。えへへ」

「楊君は太極拳の達人なんだね」

「そんなんじゃないよ。おいら、村の人間じゃないし、本当は陳家の武術を習える立場じゃない。今のも盗み見て覚えたもんだ」

楊露禅は、漢方薬店の丁稚奉公として、他の村から出稼ぎに来ていたのだった。

「最近は、店長の紹介で陳長興老師に教えてもらえるようになったけど、最初の頃はよそ者扱いで、練習を見せてももらえなかった。太極拳は、陳一族しか習えない武術なんだ」

「ケチなのね」

「武術は防衛上の機密だぜ。うかつに外に漏れると、この村が危なくなるんだから、しょうがないよ」

「それを教えてもらえるようになった楊君って、信頼されているのね」

「働き者だからな。おいら」

「楊君って私たちと同じくらいの年なのに、もう働いているのね。えらいわ」

「村が貧しいから、しょうがないよ。おいらだって本当は勉強したいけど。でも、武術が学べるようになったから、幸せだ」

美鈴の目から、涙がこぼれた。

「おいおい、ちょっと、泣かないでくれよ、困ったなあ。太児、なんとかしてくれよ」

太児の目からは、滝のように涙があふれだしていた。

「なんだなんだ? なんだってお前まで?」

「ぼくは、学校にも行って、剣道もして、ピアノも習って、それでも不満ばかりだった。恥ずかしいよ」

「それはたしかに、恥ずかしいな。がんばれよ。…拳二はどうなんだ」

「俺は、勉強もできるし、スポーツ万能でクラスでも人気者だ。苦労が足りなくて恥ずかしいよ」

「イヤな奴だな、お前は。わざわざ苦労しなくていいよ。恵まれた力で、世のため人のために頑張れ」

「そうするよ…」

「それで、お前たち、今日は何しに来たんだ」

「雷が落ちて、気づいたらこっちに来てた」

「ふーん。じゃあ、せっかくだから、子供擖手(かっしゅ)大会にでも参加していけよ。一等賞は饅頭がもらえるぜ」

「擖手大会?」

「手を合わせたところから、相手の体勢を崩すだけの、優しい競技さ。殴ったり蹴ったり、つかんだり投げたりは無しだ。武器も無し」

「女の子でもできそう?」

「まあ、できないこともないな。でも、たまに勢い余って、頭からひっくり返ったりすることもあるから、気を付けてくれよ」

村の真ん中の広場では、子供から老人まで、大勢集まっていたが、そんなに興奮した様子もなく、おだやかだ。大声の声援もなく、勝ったものも負けた者も、笑っている。

「それほどエキサイトしないんだね。賞品がショボいからかな?」

「お前なあ。陳家の武術の神髄が、この擖手に現れているんだぞ。派手じゃないが奥が深いんだ」

「ぼくたちの世界では、推手っていってたけどなあ。同じ意味かな?」

「推手だと、なんだか推すだけみたいだな。擖手ってのは、もっと、なんていうか、鋭くこそげ落とす感じだな」

おおっ、と会場にどよめきが起こった。

老人が、たくましい若者を、5メートルも後ろに弾き飛ばしたのだ。若者は順番待ちの参加者に受け止められて、ひっくり返らずに済んだ。

老人はほとんど動いてもいない。まっすぐ立ったまま、ニコニコ笑っている。

「あれだよ。陳長興先生が、軽い勁力でこそげ落としたんだ。若い人は自分の踏ん張った力の反動で、飛んで行ったんだな」

楊露禅が解説する。

「今のは、デモンストレーションだけど、陳長興老師は、村一番の達人だ。優しくて、おいらにも武術を教えてくれる。姿勢がすごくいいんで、位牌大王って呼ばれているんだ。長興老師が陳家に伝わるいろんな形をつなげて、長い套路にしたんだぜ。おいらも最近は、それを繰り返して練習している」

「楊君の先生は、陳王廷先生じゃなかったの?」

「陳王廷は、陳家の武術の始まりの人だよ。よく知らない」

「えっ???」

「昔の人だよ」

「えっ???」

ふいに、太児の頭に、低いが軽い声が聞こえてきた。

「…ここはお前の夢の世界…。細かいことは気にするな…。太極の世界の楽しめ…」

まずは拳二が競技場に立った。相手は同い年くらいの子だ。

右拳を左手で包み差し出すようにして、お辞儀をし、向かい合って、お互いの右手の甲を合わせる。

開始の合図はない。まずは、軽く手を合わせたところから、お互いの肘や腕に手を滑らせ、ハンドルを回すように回転させる。

2回転、3回転もしただろうか、とつぜん拳二がつんのめって、転がった。

拳二は、なにがおこったんだ? という顔をしている。

「大丈夫か?」と太児が声をかける。

「受け身は上手だから大丈夫だ」と、苦笑いしながら、拳二は元の位置に戻り、相手とお辞儀をして、競技場から降りてきた。

「拳ちゃん、うっかりつまづいっちゃったのね」

「いや、何が起こったのかわからないけど、前に転がっていたんだ」

楊露禅が言う。

「あれは、落とされたんだよ。それも、だいぶん手加減してもらってたよ。本当は受け身ができない位置に落とすんだけど、饅頭くらいでムキになって怪我させることもないからな」

次は美鈴が競技場に上がった。相手も女の子だ。

「低く構えておけば、そう簡単には転ばないわよ」

手を合わせ、軽く回しつつ、美鈴はバスケットボールのドリブルをするように腰を低くして、相手の懐に潜り込んだ。低い位置から摺り上げるつもりだ。

ところが。

相手はさらに低くなった。深く潜り込んだつもりの美鈴の、さらに真下に沈み込んでいる。後ろ足を深く曲げ、前の足は、前方に、ほぼ伸ばしきり、お尻は地面スレスレだ。

その体勢から、ふわっと、前方に吊り上げられたかのように、立ち上がった。

美鈴は、赤ちゃんが高い高いをされるように持ち上げられ、すとんと下ろされた。勝負あり。美鈴の負けだ。

「ぜんぜん持ち上げられた感じがなかったわ。何があったのかわからない…」

「仰げば則ちいよいよ高く、俯せば則ちいよいよ深し…だな。この村の子供たちは、赤ちゃんの時から武術をやっているからなあ。よそ者には勝てないよ」

太児の番がやってきた。相手はなんと楊露禅だ。

「お前が相手かあ~。まあ、よそ者同士のよしみで、お手柔らかにしてやるよ」

太児は、日頃練習してきた雲手の要領で、楊露禅の動きに従う。

「おろっ、なかなかやるじゃんか。捨己従人(しゃきじゅうじん)が分かってきたか? これならどうだ?」

楊露禅は、太児が体重移動するのに合わせて、歩を進めてきた。太児は下がることができず、もう、顔がひっつくような距離だ。近すぎて、動くことができない。

「この距離なら肘でも肩でも、どこででも打てるぜ。今日のルールじゃ打撃は無しだからやんないけど」

苦し紛れの太児は、おしくらまんじゅうのように楊露禅を押した。

「そりゃ効かないよ。勝とうと思ったら勝てない」

太児が後ろにはじけ飛んだ。ところが、楊露禅がスッとついてくる。顔の距離が変わらない。

「もうちょっと、粘ってみな」

楊露禅が太児の腕に触れたまま、いきなり、さっきの美鈴の相手の子と同じ低い姿勢になった。

「うわっ!」

ひっくり返りそうになった太児だが、足を前に出し、同じ姿勢で沈み込んだ。

「太児、頭を下げるな、低くても位牌のようにまっすぐだ」

太児が首を伸ばす。

「そうそう。歩くぞ」

楊露禅が低い姿勢のまま、ざざざっと後ろに下がった。太児は必死でついていく。顔の距離は変わらない。

「ははっ!やっぱり、お前は見込みがあるよ」

楊露禅が、ふいに右を向いた。

太児は、楊露禅が向いた方向に、低い姿勢のまま、うわーっと声を上げて、ゴロゴロゴロと渦巻きのように転がった。

きれいに転がったので、どこも痛くはない。

砂だらけで、きょとんとしている太児だった。

楊露禅は、勝ち進んだが、惜しくもまたしても3位。

参加者全員に、饅頭が配られて、お互いの健闘をたたえ合った。

「1等賞の景品じゃなかったのね。参加賞かあ」と饅頭をほおばりながら美鈴が言った。

「擖手は本来、勝ち負けを争うものじゃないからなあ。お祭りみたいなもんだから、みんなもらえるんだ」と楊露禅。

「なーんだ。じゃあ、頑張って1等賞を狙うようなもんでもなかったんだね」と太児。

拳二が、ヒソヒソ声で言った。

「なあ、楊君、最後わざと負けなかった? 俺、楊君が優勝すると思ったよ」

楊露禅が、さらにヒソヒソ声になった。

「…俺はよそ者なんだぞ。優勝なんかしてみろよ、明日から皆に優しくされなくなっちまう。先生には教え甲斐がある奴と思ってもらえて、しかも、みんなからやっかみを受けないくらいにしとくのが、長くやっていくコツだ」

「はあ、処世術ってやつね。世知辛い世の中ねえ」

「っていうか、村で一番強い子供は楊君ってこと?」太児が目を丸くして聞いた。

「いや、大会には出てこない家もあるからなあ。わかんないよ」

「なんで出てこないの?」

「家によっては、秘密主義のところもあるんだ。村の中でも、丘の上に住む人たちは、武術の研究や開発をしている。公開されていない新しい套路なんかもある」

楊露禅がさらにヒソヒソ声になった。

「さっき見せた『雷鳴』もそうだ。丘の上にこっそり見に行ったんだ。おいらはよそ者なもんで、かえって警戒もされなかったのかも。長興先生には内緒だぜ」

「じゃあ、他の丘の下の人たちも知らないことを、楊君は知ってるってこと?」

「そうだよ。すげーだろう!」

ニヤッと笑ってドヤ顔を見せた楊露禅だったが、ふと寂しそうに言った。

「まあ、おいらはいずれ村から出ていく身だからな。伝承とかに縁はないんだよ。だから今のうちに何でも学べるものは学んでおきたいんだ…」

ドラゴンパパ:
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