小説「太児」第九十話

この物語はすべてフィクションです。

第九十話 テツが夜食を携えて義を示し 晶が父を救いて恩を返すこと

カラン、コロン。

夜道に下駄の音が響く。

テツは片手に保冷バッグをぶら下げ、庵天のアパートへ向かっていた。

袋の中には、店から持ち出してきたホルモンに、味噌だれに漬け込んだシマチョウとハラミ、ついでにキャベツと玉ねぎが入っている。

トニー渓からの話では何が起こったのか、さっぱりわからない。

「まったく、あいつら、何しとんねん」

ぶつぶつ言いながら歩く。

カラン、コロン。

街灯と自動販売機の明かりを頼りに、歩く。

閉まったクリーニング屋を通り過ぎ、だんだん住宅がまばらになり、丘に上がる坂道に続く。

テツはふと足を止めた。

下駄の音が消え、コツコツと革靴の音が響いた。

正面から男が二人歩いてきた。

黒いジャケットを着て、帽子を深くかぶっている。

「なんやこいつら…」

小さく呟いた。

テツは、諜報員としての訓練など受けていないが、日本国内では珍しい暴動の起こるような地域で長年商売をしてきた。

ヤクザにチンピラ、ホームレス、不良外国人、密売人、詐欺師、怪しげな活動家など散々関り、人を見る目は、嫌でも鍛えられていた。

「どう考えても怪しいやろ…」

 

地下設備では、美鈴がモニターを見ながら、非常食のゼリー飲料をすすっていた。

「テツさんが止まったわ。何者かと遭遇したのかも」

 

テツが低く声を出した。

「なんや、兄ちゃんら。ワシに用か?」

返事はない。

「金は持ってへんで」

男の一人が、ゆっくりとジャケットの中へ手を入れた。

取り出したのは拳銃だった。

「いつぞやはうちのもんが世話になったアルな…」

「世話した奴なんぞ、いちいち覚えてへんわ」

「珠はどこだ」

「知るかいな」

「娘が知っているだろう」

「しらんわい」

「嘘をつくな」

男が銃口を向ける。

「丘の上の秘密基地に来たはずだ。珠もそこだろう」

「……なんの話や」

銃口がテツの胸へ向く。

「娘がどうなってもいいのか」

「実弾が怖くて、射的屋やっとられるかい」

言うが早いが、鉄拳が飛び、男の帽子が飛んだ。

プシュッ!

サイレンサーつきの銃の発射音がし、テツが仰け反った。

「うおっ、あぶないやんけ」

叫びつつも、蹴り上げた足から下駄が発射され、銃を撃った男の顔にヒット。男は仰け反ってひっくり返る。

上げた足を下ろす前に、もう一つの下駄が、もう一人に向かって蹴り出された。

男は下駄を振り払ったが、その瞬間、こぶし大の石が顔面を直撃した。

「二起下駄+投石攻撃じゃ」

地面に倒れた瞬間、地面にあった石をつかんで投げたのだ。

しかし、二人とも致命傷ではなかったようで、鼻を押さえながらも、テツに銃を向けた。

プシュッ、プシュッ、ドン。

「どひえ~」

テツが横っ飛びに木陰に飛び込む。

「手応えあったアル!」

ふたりが腰を低くして、木に向かって銃を構えた。

「しかし、この男の動き…武術をやっているアルか?」

「うかつに攻撃すると危ないアル…」

二人がささやき、じりじりと木の両側から回り込む。

次の瞬間、銃を持った男たちは同時にひっくり返った。

「ぐあっ、足を撃たれたアル」

もう一人も、足を押さえて呻く。

パン。パン。

拳銃の音ではない軽い破裂音が、男たちの両側で鳴った。

ブワッ。ファサッ。

白い網が両側から男たちを包み込んだ。

「な、なんだ!」

網が縮んで、たちまち蜘蛛の糸のように纏わりつき、小さく固めてしまった。

「テツ、大丈夫か?」

晶が銃を構えている。

「おお、晶か」

テツが、木陰から声を出す。

太児が叫ぶ。

「スパイダーネットで生け捕りにしたよ。もう大丈夫」

「そ、そうけ。わし、なんか撃たれたような気がするねんけど」

「うわっ」

テツに駆け寄った拳児が青くなって叫ぶ。

「テッちゃんが内臓ぶちまけてる!」

「えっ、撃たれたの?」

太児も駆け寄る。

晶が言う。

「アホ。これホルモンや。ええ匂いしとるやろ」

テツが起き上がって、自分の腹や背中をさする。

「おお、大丈夫や、ギリギリかわせたみたいや」

「この内臓みたいなのは…?」

「お前らの夜食に持ってきたんやんけ。はよ拾え! 3秒以内やったらまだ食える」

拳児が慌てて、穴の開いた保冷バッグにホルモンを詰め込む。

数分後。

また、あの古びたバンが現れた。

ブレーキ音。

ドアが開き、トニー渓が降りてくる。

「また増えたざんすか!」

「追加でお願いします…」

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