この物語はすべてフィクションです。
第八十九話 春子が武徳を語りて愛に至り 太児が連環の名に天意を問うこと
「春子さんは、なんで連環に入ったの?」
湖からの風が、春子の髪をなびかせた。
「スカウトされたのよ。武術大会で優勝したからかしらね」
「庵天先生に?」
「ちがうちがう」
春子は笑って首を振る。
「先生に人事権はなかったわよ。武術教官が担当。実行部隊にも加わっていたけど」
「ふーん。春子さんは、僕のお父さんと同期だったんだよね」
「そうね。お父さんは剣術がピカイチだったわ」
「強かったから連環にスカウトされたのかなあ」
「それもあるかもしれないけど…でもね。武術の強さなんて、状況次第よ。大会のルールの中だけの強さなんて、役に立つものでもないわ」
「強いだけじゃダメ、ってことか…」
太児が考えを巡らせる。
「考えて動ける力、インテリジェンス、知力体力時の運。すべてを備えていなければ、秘密工作員の仕事は務まらない。そちらの方が重要ね」
春子が武術家でないことを、太児はあらためて感じる。
「スーパーマンだね」
「もっと大切なものがあるわ」
「仁義礼智信?」
「お、ナイス。チームで動くからには武徳も必要。個人の能力が高くても、一人でできることなんて、たかが知れているものね。人間関係が大切になる。でも、もっと大切なものがあるわ」
「えー。なんだろう」
「ふふっ、愛よ」
「ええっ。先生への愛?」
「ちがーう! 愛国心とか、人類愛とか、大切なものを守ろうって気持ちよ」
「すごい、そんな気持ちがあったから、連環にいるんだ…」
春子は何も見えない湖面に目をやる。
「入った時は、そんな気持ちはなかったけどね。なんだか、すごい秘密の組織に選ばれた、私すごい! カッコいい! ていう程度のものよ」
「なーんだ。じゃあ、お父さんもかなあ」
「お父さんは、体育系っていうより、文系だったから、世界の裏側を知る方に興味があったんじゃないかなあ。でもね、本当に世界の裏側で秘密の活動をしていると、表の世界じゃわからないことを知ることになる。国を愛する気持ちが出てくるものなのよ」
「そうなんだ…。連環って、結局、何なの?」
「愛の組織よ」
「なんか…納得いかないような…でも、先生と春子さんは職場結婚ってことだから、そういうことか…」
「ちがーう!」
にんまりする太児の頭を、春子がはたく。
「連環って、名前の意味が分かんないよね」
「私もよくわからないけどね。…陰陽が連なる輪のように入れ替わり元に還る、世界はめぐる、その流れのお手伝いをして、世界人類の幸せに貢献するって理念があるみたいよ。しらんけど!」
春子の言うことはどこまで本当なのか、つかみかねる太児だった。
「ところで…今日、僕たちが襲われたのって、なんでだろう?」
「なんででしょうね。何か前兆があったと思う?」
「珠が集まってきているのは前からだし…」
「そうね」
「僕らが強くなってきた?」
「それもあるかもね。他には?」
「新月で薄暗いから?」
「他には?」
「晶ちゃんが帰ってきた」
春子は少し考えてから、答えた。
「それね」
ピリリリリ。
春子のスマートフォンが鳴った。
「はい、白蓮。えっ、ラッキョが転がって? 了解。南京カボチャが豆板醤」
春子は通話を切り、しばらく黙っていた。
「何だったの? ラッキョって何の暗号?」
「ラッキョが転がるは監視対象が動いたって意味」
「監視対象って?」
「テツさんよ」
「えっ、晶ちゃんのお父さん? 監視してたの?」
「監視っていうと人聞きが悪いわね。観察」
「同じじゃない?」
「違うわよ。監視には愛がないけど、観察には愛があるの」
「さっきから愛でごまかしてない?」
「義の持ち主として相応しいのか、ずーっと観察していたの」
「ええっ、そうなの?」
「義の珠はテツさんを通じて、こちらにきたでしょ。七徳の珠は、人を選んで近寄ってくるんじゃないかっていう仮説を検証しているのよ」
「ええっ、じゃあ、僕の持ってる珠は?」
「まちがいなく太児は珠に選ばれているわ。なんの珠かわかんないけどね」
「晶め、帰国したっちゅうのに、ワシに挨拶も無しに、先にあいつらのとこに行きよったな。どういうこっちゃ。まあ、ワシも挨拶にいったろかい。庵天先生がおらん今、ワシが力になったらんとな」
テツが商店街のホルモン屋を後片付けして、夜道をアパートに向かって歩いていた。
車のヘッドライトが向かってくるのが見える。
一台のバンがテツの前で止まって助手席の窓が開いた。
「テツさん、グッドイーブニングざんす」
「うお。トニーはんやんけ。なんやこんな夜中に」
「マスター庵天のアパートに行くざんすか?」
「おう、そうや。うちの晶がいっとるはずやねん」
「アパートはボロボロざんすよ。びっくりしないように教えとくざんす」
「な、なに~~!どういうこっちゃ」
「晶ちゃんは無事ざんす。ボーイズ&ガールズ、なかなかたいした活躍ざんすよ」
「何があったんや?」
「知ったところ、テツさんにできることは…そうざんすねえ。夜食の差し入れざんすかねえ」
「なんや、ほんなら、ホルモンでももっていくわ」
「もしかしたらアパートの周りに変な連中がいるかもざんす。気を付けるざんす」
「なんかわからんけど、おおきに」
テツは、回れ右すると、店に走って戻った。
冷蔵庫からホルモンの袋を取り出し、再びカランコロンと下駄の音を鳴らして駆けだした。

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