この物語はすべてフィクションです。
第七十七話 春子が乱世の兆しを説き、太児ら歴史の大転輪を知るのこと
下山公園での武術大会は、変わった経験だった。
太児は、人生の転機が来たように感じていた。
トニー渓から、天安門事件と七星会の話を聞いた。
多くの武術家との交流もできたが、闇の勢力の存在も目の当たりにした。
気になったのは、父と庵天先生の行方を追っているとの、トニーの言葉だ。
あれから、4年。先生と父は、いったいどうしているのか…。
武術大会からの帰りに、トニー渓より渡されたメッセージカードには、こう書かれていた。
「ご参加、感謝。長い付き合いになるざんす。よろしく」
拳二のメッセージカードにはこう書かれていた。
「グッドファイトだったざんす。またきてちょんまげ」
美鈴にはこうだ。
「勇敢なレディーにエールを送るざんす」
東山先生のカードにはこう書かれていた。
「伝説の名人とのご縁に感謝。またの御出場お待ち申し上げるざんす」
「ほっ。面白い男だの」
東山先生は、意味深に笑った。
次の日の夜、太児、拳二、美鈴は庵天先生のアパートに集合していた。
「きのうはお疲れ様だったわね」
春子がお茶を出してくれる。
拳二が言った。
「春子さんがいたんで、びっくりしたよ」
太児が言う。
「トニーさんと知り合いだったんだね」
「前から知ってはいたけど、会ったのは、先生が渡航したあとよ。組織を通じて紹介されたの。トニーさんは、先生に会いたかったらしいわ」
「へえ。怪しいルートだね」
「完全に信用しているわけじゃないけど、トニーさんが先生に助けられて感謝してるのは本当ね。お互いの目指すところは一致しているところもあるし、協力することにしたの」
「何を協力するの?」
「七星会の活動の支援。具体的には情報共有ね。C国の悪だくみ情報よ。トニーさんは、C国内の動きを提供してくれる。先生と、太児君のお父さんの情報も追いかけているそうなのよ」
「ええっ。そうなんだ」
「今、ふたりがいるはずの中国は…、いえ、中国だけじゃなくて、世界中が大きな転換の渦の中にあるわ。日本にいると、あまりわからないかもしれないけど、この10年、世界はどんどん変わっている。わかる?」
春子は湯のみをテーブルに置き、ゆっくりと皆の顔を見回した。
「あちこちで戦争しているよね」
「モノの値段が、なんでもかんでも高くなってるし」
「外国の人が増えたよ」
「AIがすごくなりすぎて、何がホントで何が嘘かわからなくなった」
「そうね。この十数年は、将来、歴史の教科書に世界の転換期って書かれると思うの」
美鈴が聞く。
「転換期? 違う世界になるってこと?」
春子はうなずいた。
「いろんなことが次々起きて、その時は、わからなくても、あとから振り返ると、全部繋がって大きな流れになっていたことがわかるのよ。第一次世界大戦も、第二次世界大戦もそうだったでしょう」
「そうかあ、その時代に人には、流れが見えなかったかもしれないね」
「そう。ここまでを振り返ってみましょうか。ちょうど日本の元号が令和に変わったあたりからが、わかりやすいわ。そのころ、香港で大規模デモが起きたでしょう」
美鈴が小さく頷く。
「ニュースで見たわ。女の子のリーダーが捕まっていたわ」
「それまで香港はイギリスが統治していて、自由主義だったの。99年間の租借の期限が来て、中国に返還された途端、中国政府は香港の自由を奪いに来た。香港のデモは、中国の統治のやり方と自由主義の衝突だったのね。翌年には香港国家安全維持法が施行されて、民主派の人たちが次々と逮捕された。中国と西側は価値観が違うってことが、世界中が知れわたったのよ」
拳二が口を挟む。
「そうか、香港映画が面白かったのは、それより前の時代なんだな」
美鈴もいう。
「ジャッキーチェンも、新しい作品はたいして面白くないものね」
春子が続ける。
「そのあとに新型コロナ。パンデミックで、世界は一変した。国境は閉じて、物流は止まって、都市はロックダウン。人の移動がこんなに簡単に止まるなんて、誰も想像していなかったわね」
太児が思い出して言う。
「旅行にいったらダメだったし、学校もお休みになったね」
「商店街の店も、たくさん潰れたなあ。晶は商売の準備をしてたけどな」
「その間に、世界の仕組みが変わり始めたのよ。国際機関への不信、ワクチンをめぐる対立、政府の権限の拡大。社会の分断も広がった」
拳二が苦い顔をした。
「ワクチンを打たないと、悪者みたいな感じだったな。俺は打ってないけど」
「ぼくも」
「私も。みんなセーフだったわね。先見の明があったのかも」
春子が感心して言った。
「あの雰囲気の中で、よく注射から逃げれたわね」
「お父さんがダメって言ってたから」
「俺も」
「私は、打ったことにしておけって言われたわ」
春子が苦笑い。
「それから、アメリカ軍がアフガニスタンから撤退した。途端に、武力勢力のタリバンが政権を握ってアフガニスタンは人権のない場所に戻ったわ。世界の警察と思われていたアメリカの信頼も揺らいだの」
美鈴が息をついた。
「それでロシアが…」
春子は頷いた。
「ロシアがウクライナに侵攻した。ヨーロッパで大規模な戦争なんて、もう起きないと思われていたのに」
拳二が言う。
「アメリカが舐められたんだな。それで、エネルギーも食料も値段があがったんだ」
「そう。戦争は遠い場所の話じゃなくなった。世界経済、政治、生活、全部に影響する時代に戻ったの」
美鈴がつぶやく。
「日本でもビックリの事件があったわ」
春子の声は暗くなった。
「元総理大臣が狙撃され、暗殺され、翌年には現職の首相にも爆発物が投げ込まれた。日本は政治的暴力と無縁だと思われていたけど、安全神話はガラガラ崩れたわ」
しばらく沈黙が落ちる。
美鈴が言う。
「トランプ大統領も暗殺されかけて耳を撃たれたわね。助かってよかったけど」
「そして、火薬庫だった中東が爆発したわ。ハマスがいきなりイスラエルを攻撃して、民衆を殺害して、その報復でガザが空爆され、報復合戦で戦争になり、さらにレバノンやイランにも飛び火して、アメリカやヨーロッパも参戦。一帯一路政策で世界征服を狙っていた中国の野望も崩れ、平和ボケしていた日本人も目を覚まし出した」
春子は続けた。
「東アジアでは、台湾では新しい総統が選ばれて、中国との緊張が続いている。北朝鮮もミサイルを撃ち続けている」
拳二が苦笑した。
「落ち着く暇がないな」
「戦争だけじゃないわ。AIの登場。2022年にChatGPTが公開されてから、情報の世界が一気に変わった。仕事も教育も、政治も、全部影響を受け始めている」
美鈴が感心したように言う。
「すごいことよ。世界のスピードが上がったわ」
「それに気候変動。山火事、洪水、猛暑。異常気象が当たり前になってきた。食料や保険や経済にも影響している」
美鈴が言った。
「つまり、全部つながってるのね」
春子は静かに微笑んだ。
「その通り。感染症、戦争、AI、気候、人口減少。別々の問題に見えるけど、実は同時に起きている」
太児が尋ねた。
「世界は何が起きてるんだろう」
春子は窓の外を見た。
「たぶんね……」
少し間を置いて言う。
「世界のルールが入れ替わっている途中なのよ。戦後ずっと続いてきた歪な秩序が崩れて、新しい形に組み替えられている」
美鈴が小さく息を飲む。
「これからどうなるの?」
春子は肩をすくめた。
「どこかの国家が消滅するかもしれないし、敵味方の関係が変わるかもしれないし、力のバランスも変わるかもしれない。諸行無常よ」
そして、少しだけ微笑んだ。
「一つだけ言えることがあるわ」
皆が彼女を見る。
「私たちは今、歴史の転換点の真ん中にいるの」
部屋の空気が、静かに重くなった。
補足:小学生の回に、コロナのエピソードはなかった! 令和書籍はまだ文科省の検定は通っていなかった! 時系列がおかしい! などと細かいツッコミはやめてください。今後の展開も大きく変わりそうだし、出版するときには、辻褄が合うように書き直します。

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