太極拳の纏絲勁

纏絲勁を感じられるようになってきた今日このごろです。

纏絲とは、腕をグネグネねじることだ! という初期にありがちな誤解は、とっくの昔に捨て去っております。

正しい架式を作れば、自然に纏絲勁が発生する!ということを頭で理解したのが、1年ほど前。

それを実感してきたのが半年ほど前。

単鞭とか嬾扎衣のとき、張り出していく腕が順纏になっているんだなあ、という感覚が生まれてきたところから、全身が纏絲で動いているなあ、という感覚になってきたのが3ヶ月ほど前でしょうか。

そして、現在、この部分が、どうもうまく纏絲が効いていないような気がする! という、できていないところが気になるというレベルになってきました。

しかしこれも、毎日毎日套路の練習をしていると、ふと、わかる瞬間があるのです。

あ、今、なんだかできていたような気がする! というかんじ。

一度、その感覚がわかると、また再現できます。これでまたひとつ、空白部分が埋まります。より完成に近づきます。先生の指導に対する理解も深まります。

モヤモヤが、ピタッとはまる感覚って、動きにしたら、数ミリ、数度の違いでしょうか? 横から形の違いを見てもわからないと思います。内面の感覚です。

こういう精度を高めていく鍛錬は、套路練習でしか、できないと思います。推手大好きだけど套路はしない、という人もおられますが、それでは、推手の本当のところもわからないと思うなあ。

推手ばかりやっている人って、オリジナルな工夫に走りがち、妙な物理的理論とかを無理やり当てはめようとしたりして、違う方向に行ってしまいがちだと思います。

そういう知ったかぶりの先輩たちから教えを受けるときは、はい、はい、と素直に聞きつつ、架式通りの動作をどう当てはめていけるか、纏絲勁がきちんと使えるかの実験台となってもらっております。

これは、まるきりの初心者とか、本当に上手な先生には実験できないのです。初心者さんには、初心者向けの練習をしないとお互い練習にならないし、ベテランの先生相手だと臨機応変過ぎて、なかなか架式通り動かさせてくれません。

しったかぶり先輩たちは、だいたい体も頑丈で、力も強いので、遠慮なく試せるし、動作が単調ですから、かかりやすく、ぶっ飛んでくれます。しかも、私がうまくいけば、自分の指導の成果だと信じ込んでくれるので、やりやすいです。

以前は、手を合わせたあとは、自分のチューニングが狂わされたような気分になって、推手のあとで套路練習をやり直したりしておりましたが、ちかごろは、こちらが狂わされるということもなくなってきました。推手でも、套路の通り、動けるようになってきたのですね。

言い換えれば、纏絲勁を正しく保てるようになった、ということかもしれません。

快く実験台になってくれる先輩諸氏には感謝しており、この感覚を伝えて、上手になってもらいたいと思うのですが、固定観念に凝り固まっている人たちに言葉で伝えようとしても、反感を招くので、指摘したりはしないことにしています。練習の中で、自分で気づいてくれるのを願っております。

本当に太極拳の上達を目指すのならば、推手の機会を減らしてでも、套路を正しく練習する必要があると思います。推手は面白いけど套路は面白くないというのは、卓球のフォームは知らないけど、温泉旅館の娯楽室での打ち合いは楽しいという感じ?

温泉卓球が好き、卓球選手を目指しているわけではない、というなら、それも良しと思いますが、推手をやっている我らこそ本格派の武術愛好家、というのは違うなあと思います。

まあ、形だけの套路しかしないのも、畳の上の水練みたいなものかもしれませんが…。

 

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