「三国志」感想・レビュー その3

やっと読破しました。吉川英治訳「三国志」全8巻です。

昔、横山光輝の漫画の始めの方だけ読んだ印象では、三国志とは、桃園の誓いを立てた劉備・関羽・張飛の3人の物語だと思っておりましたが、全編通して読んでみると、前半は曹操、後半は諸葛亮孔明が、物語の中心だったのだなあという気がします。

三国志の「三」は、三人のことじゃなくて、魏呉蜀の三国ですわね。

戦乱の世をひとまとめにして平和を、と望んだ劉備玄徳は蜀の皇帝となりますが、年老いて死にます。劉備玄徳が死ぬ前に、関羽は戦死、張飛は部下に殺されます。

劉備玄徳の遺志を継いだのが諸葛亮孔明です。

曹操と、三人が存命の前半は、孔明が一人で呉に乗り込んで、並み居る武将を演説で丸め込んだり、奇想天外な作戦を立てて戦功を上げたりして痛快ですが、初期のヒーローがみんなあの世に行ったあとは、なんだか苦悩の連続です。泣いて馬謖を斬ったり。

孔明って、もともと農村に引っ込んでいた秀才なんですが、実は常識人で、忠誠心の強い人です。我欲はなく、正直で質素な人です。三顧の礼で政治の世界に引っ張り出されて、戦争を指揮することになります。

孔明は、主君の劉備玄徳を皇帝にまで上り詰めさせ、劉備玄徳亡き後は、ボンクラ息子をサポートして、三国統一を目指しますが、54歳の若さで、過労のために世を去ります。

54歳かあ~。私も今月54歳の誕生日を迎えます。私はどっちかというと、ボンクラ息子の方なので、過労死はしないと思いますが。

孔明の没後、ボンクラ息子じゃうまく国を回せず、結局、蜀は魏に滅ぼされ、魏は晋に変わり、三国は晋一国になって、終わり。あら、残念。

…というお話でありました。

面白い話、いいエピソード、数多くありますが、全体を通しての、ざっくりした感想です。

三国志の世界観というか思想は、現代の中国政府、中国人民に、そのまま引き継がれているのだなあ~という気がしました。

なんちゅうても、人命軽視。人権は皆無。

ひとたび戦が起これば、何万人、何十万人と皆殺しの世界です。とりあえず首刎ねるってかんじ。

「兵は詭道なり」が、実に見事に作戦に反映されます。騙すとか裏切るとかは、作戦の初期設定です。約束は反故にすること、されることが前提です。信頼や信用は、作戦実行のための、してるふりです。ルールは相手を縛るためのものであり、こちらが守るものではありません。

国際社会における現代の中国の動向は、三国志の世界そのままでありますなあ。

日本の政治家も世界の政治家も、三国志を読みなさい!ってかんじ。信用も信頼もしたらアカン!

「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」なんて憲法に書いてる国なぞ、カモにしか見えますまい。

万事においてそんな感じなので、義兄弟の契りを貫徹するとか、民のために心を砕くとか、三国志の世界では、貴重な尊いことだったのでありましょう。

日本の文化では当たり前のことでも、孔明のような人柄は、支那中華では世にも珍しかったわけですね。

その孔明にしても、残虐非道なことはしてます。

魏に協力する北方の、科学文明の遅れている蛮族の軍を、孔明発案の最新兵器で3万人爆殺しています。今でいえば、原爆投下みたいなもんでしょう。

あまりにひどい殺戮に、トルーマン大統領とは違って、孔明は涙を流すのですが、趙雲子龍が慰めるのです。

「生々流相、命々転相。象(かたち)をなしては亡び、亡びては象をむすぶ。数万年来変わりなき大生命のすがたではありませんか。黄河の水ひとたび溢るれば、何万人の人命は消えますが、蒼落としてまた穂は実り人は増してゆく。黄河の狂水には天意あるのみで人意の徳はありませんが、あなたの大業には王化の使命があるのではありませんか。蛮民百万を亡ぼすも、蛮土千載の徳を植えのこしておかれれば、これしきの殺業何ものでもございますまい」

この思想が、文化大革命でも六四天安門事件でもチベットでもウイグルでも発揮されたのでありましょう。

三国志とは、ロマンあふれ血沸き肉躍る痛快歴史小説というわけではなくて、昔も今も変わることのない、中華の残虐な思想を端的に表した物語だったのだなあ~と思った次第であります。

次は、水滸伝を読んでいきます。

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