「お花畑の左巻き」という言葉を聞きまして、この定義は何だろうと考えました。
狭義には、弱っちく大人しくしていればいじめられない、争いの手段を放棄していれば平和という考え方の、憲法9条死守主義者のことを指すのだと思います。
ロシアとウクライナの戦争を見ても、命が大切、さっさと降伏を、みたいなことを言う人とか、防衛力を高めようとしない共産党や立憲民主党支持者とか、毎日新聞朝日新聞の思想に染まっている人を指して語られているようです。
保守に対してリベラルとか革新とか。
私は、共産主義でもないし、保守的思考が強いほうだと思っておりますが、この「左巻きのお花畑」には、もしかして当てはまるんじゃないかと、ふと、思い当たって、驚愕しました。
「左巻きのお花畑」という言葉、広義で考えると、護憲主義とかじゃなくて、多くの日本人が染まっている「危機意識の欠如」という病気を指すのではなかろうか。
「備えあれば憂いなし」という格言があります。
左巻きのお花畑とは「備えなくして憂いもしない」という、主義でもない思考傾向を指すのではないでしょうか?
国家間の暴力への反応だけでなく、自然災害等に対する防災意識、インターネット上の防犯意識、将来の家計の危機や、親子間、組織内の人間関係の行方など、ぼんやりとしてなんの対策も考えていない、でもなんとなく大丈夫じゃない?と思っている人はみんな「お花畑の左巻き」に当てはまるんじゃないか?
国家の計画なら、100年先まで考えてしかるべきだと思いますが、なんだか今の風潮を見ていると、次の選挙まで、みたいな気もします。
自然災害なんて、何百年おきに強烈なのが来るといわれていますが、これも政権が変われば対策も変わってしまう。
企業や家庭も、次の世代のことまで考えてしかるべきと思いますけど、せいぜい自分がトップでいる間のこと、死ぬまでのことくらいしかイメージできていなかったり、下手すると、年末までとか、月末までとか、目先のことしか見えてなかったり。
平和のためには軍備増強!とか、口先だけは強いことは言えますが、自分自身に振り返ってみて、実践できてるか? できてなければみんな「左巻きのお花畑」ですね。
そう思ったら、私も「左巻きのお花畑」の一員だったのでした。
まあ、日頃太極拳で鍛えて、家具に転倒防止のつっかえ棒を入れているだけ、ちょっとマシな方じゃないかなあとは思います。
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