この物語はすべてフィクションです。
第七十八話 師母が道を示し少年が諜報を知る
「さて、あなたたちももう高校生。戦国時代なら、元服して一人前の武将、軍を率いて初陣を迎える年ごろよ」
春子がニッコリ笑った。
「ええっ、クラブのキャプテンくらいがせいぜいじゃない?」と拳二。
「生徒会会長くらいならなんとか」
これは美鈴。
「ぼくはリーダーには向いてないかも…」
太児は自信なさげだ。
「中学生の時に、受験勉強のお手伝いをさせてもらったけれど、私が何を心がけていたかわかる?」
春子が問う。
「志望校合格…じゃないの?」と美鈴。
「それもあるけど、それよりも、思い込みや、偏った見方ではなく、広い視野で物事を判断できるようにすることよ」
「そういえば、前に来ていた家庭教師とは、ずいぶん教え方が違ってたよ」
小学生の時、拳二の家では、バイト学生の家庭教師を雇い、晶と二人、勉強を見てもらっていた。
「試験問題そのものについても、よく考えて? 他の見方はない? なんて聞かれたわね」と美鈴。
「世間には、デタラメな情報がまかり通っているわ。鵜呑みにはできないし、教科書に載っていることが正しいとも限らない」
「私は、教科書がおかしいと思うようになって、生徒会に立候補したわ」
春子がふふふと笑う。
「今、ロシアや北朝鮮、中国やイランが悪の枢軸みたいに言われているけど、5年後、10年後、20年後、50年後、100年後では見方が変わっているかもしれないわよ」
「どう考えても、あいつらが悪いと思うなあ」
「立場が違えば見方も変わるわ。膨大な情報の中から、常識や世間の声に惑わされず、何が本当かを見極めて、何をどうするか判断することが大切なの。これをインテリジェンスと言うのよ」
「インテリ? 賢い人って意味だよね」
「ちょっと違うわ。そっちは、ロシア語で知識階級を意味するインテリゲンツィアから来ているの。文化人ってニュアンスだけど、知ったかぶりの生っちょろいモヤシな感じもするわね。インテリジェンスは英語で、「知能・知性」を表し「情報収集」「情報分析」のこと。戦略の元になるものよ。諜報活動や諜報機関のことも、まとめてインテリジェンスと呼ぶの。私の所属している連環もトニーさんの七星会もインテリジェンスと言える」
「へー。そうだったのか…」
「受験勉強を通して、私はみんなにインテリジェンスのセンスをつかんでもらっていたの」
「高校に合格するためだけじゃなかったんだね」と太児。
「高校生は学生の身分だけど、もう社会を動かす一員よ。受験勉強は終わったけど、これからもここで勉強会は続けるわよ」
「春子先生の勉強は面白いから続けるよ」
「晶ちゃんはすでに動いている。ビジネスを通じてね。商店街の活性化は、これから始まる新しい世界、誰も知らない世界で、経済を動かしていく予行練習みたいなものよ」
「あいつが、ねえ…」と拳二はいうが、太児は、とても晶らしいと思った。
「美鈴ちゃんは政治よ。生徒会はその練習」
「そうかあ。練習だと思ったら、学校運営なんて簡単に思えてきたわ」
美鈴が、吹っ切れたように言う。
「俺たちは何をするのさ」
そう問う拳二に、春子がきっぱりと答えた。
「インテリジェンスよ」
太児はゴクリと唾を飲み込む。
「庵天先生とお父さんもそうだったんだね」
「そう。諜報員。私もよ」
しばし沈黙。知ってはいたが、ハッキリ言われて、しかも、自分たちも同じ世界に入るのだと思うと、なんともいえない重さを感じる。
「私たちのインテリジェンスの目的は、世界平和よ。全人類が幸福に生きていける世界を実現させるの。その前に、自分の国が平和でなければいけない。政治的な強さ、経済的な強さ、そして軍事的な強さがあってこそ、平和が保たれる」
3人は黙って聞いている。
「平和って、みんな仲良くってことだけど、弱いといじめられるわよね。喧嘩はいけませんなんて、うわべの仲良しは、そのうち壊れる。お互いに尊敬しあってこそ、本当に仲良くできる。もちろん強いだけじゃ尊敬できないけど、強さは最低必須条件よ」
強さの上に、「徳」が必要なんだ、と太児は思う。
「ヒロさんからも特訓を受けてきたわね。これからは本物の武器の扱い、自動車や船の操縦、サバイバル訓練なんかも、こなしてもらうわよ」
「ええーっ、免許もないのに??」
「連環の私有地で訓練するから大丈夫よ」
「そんな場所があるの??」
「ここもそうよ。地下室、見たでしょ。自衛隊の演習所とまではいかないけど、実弾訓練のできるくらいの設備も国内にあるわよ」
「すごい組織だったんだね」
「公式な組織じゃないけど、バックは日本政府よ。秘密だけどね」
ゴクリ。
「私たちの任務は、七星会と協力して、庵天先生と侠眼を捜索し、合流、C国の陰謀を阻止し、民主化を応援することよ」
「そんな、無茶すぎる!」
「昔、陸軍には中野学校っていうインテリジェンス機関があったの。そこで数カ月訓練を受けた秘密工作員達が、第二次世界大戦の裏で、インドやビルマ、マレーなどの独立を支援したのよ。日本の諜報員が欧州白人によるアジアの植民地支配に終止符を打ったのよ! 今、アジアやアフリカの弱小国や少数民族が、C国に主権を握られているわ。世界中に不幸な人がいる。今のドサクサが人々を救うチャンスよ」
壮大過ぎて頭がクラクラする。
お母さんには、何て言おう…と太児は考えていた。

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